第10話 勝手な解釈

 身体のあちこちが痛い。

 体育祭の練習で普段しなれない運動をしているからだ。

 腕も、脚も、肩も、首も、背中も、とにかく至るところが痛かった。


「筋肉痛ですか?」

「え? 分かるの?」

「動きがぎこちないですから」


 食後の片付けをしていた梅月さんが濡れた手を拭きながらやって来る。


「そこにうつ伏せになって寝転がってください。マッサージをさせてもらいます」

「い、いいよ、そんなの」

「恥ずかしがられると変な空気になるので大人しく従ってください」


 言われるままにうつ伏せになると、「失礼します」と断りを入れてから梅月さんが跨がってきた。

 ぷにっとしたお尻の感触がものすごく気まずい。


「重くないですか?」

「あ、いや……どうかな? 別に重くはないけど」

「真面目に答えなくていいです。一応訊いただけですから。ここは『全然そんなことない』と即答すればいいだけです」

「全然重クナイデスヨ」

「心の籠ってない返事、ありがとうございます」


 重さよりお尻の柔らかさが気になるのだけど、そんなこと口が裂けても言えない。


 梅月さんは首筋に指を置いてクニクニと揉んでくる。

 気持ちいいけれどそれ以上に擽ったかった。


「擽ったくないですか?」

「ゼ、全然擽ッタクナイヨ」

「ここは本当のことを言っていいんですよ?」

「擽ったいです! ひゃははははっ!」

「えっ、ごめんなさいっ!」

「首は苦手なんで肩とか腕をしてもらえると助かるんだけど」

「分かりました」


 マッサージに慣れているのか、梅月さんの指圧は心地いい。

 肩から腕、そして背中、腰へと進んでいく。

 はじめは恥ずかったが、今は心地よさが勝っている。


「気持ちいいですか?」

「うん。上手だね」

「え、本当ですか? よかった」

「慣れてるの?」

「父のマッサージをよくしてましたから」

「なるほど。それで」


 父親のマッサージをすると聞いて優しい性格だと思う一方、政略結婚に利用する父親だから無理矢理させられていたのだろうかと心配してしまう。


「ふぁうっ!?」


 梅月さんの指がお尻を圧して来たので思わず変な声を上げてしまう。


「そ、そこはお尻なんだけど?」

「お尻には色んな筋肉があるんでほぐすと楽になるんです」

「詳しいんだね」

「まあネットに書いてあるのを読んだだけなんですけど。するのは始めてです」

「実験的要素があるんだね」


 お尻を揉まれる気まずさと擽ったさで見悶えてしまう。


「動かないでください。やりづらいです」

「擽ったくて」

「我慢してください」

「ふひゃははははっ!」


 お尻の窪んだエクボをグイーッと圧され、笑いが止まらなくなる。


「女の子みたいなリアクションですね」

「そんなところ圧されたら誰でもそうなるからっ! ひゃははは!」

「そういえば二人三脚で愛瑠さんと密着してましたね」

「そ、れは、そうい、う競技だから」


 指圧されながらだから変なしゃべり方になってしまう。


「そうでしょうか? それにしても密着しすぎだった気がします」

「ちょっ……んんっー! 強く圧し過ぎだってば」


 梅月さんの指はお尻から内ももへと下っていく。


「それに愛瑠さんの肩を抱いてやらしい顔で笑ってました」

「違っ……あれは、愛瑠が学校に来てくれたのが嬉しくてっ」

「勘違いしないでくださいよ。別に蒼馬さんが誰と親しくしようが私は気にしません。ただセクハラで訴えられるようなことはして欲しくないだけです」

「分かりましたっ……分かりましたからもっと優しくっ」


 最後にギュムーっとふくらはぎを圧され、思わず脚がぴんっとなってしまった。


「はぁはぁはぁ……」

「身体が軽くなりましたか?」

「ふぁ、ふぁい……」


 言われてみれば筋肉痛で重かったところが軽くなっている。


「前から思っていたのですが、なんで蒼馬さんは人のためにそんなに悩めるんですか?」


 先ほどまでのふざけた感じはなく、真面目に問い掛けられる。


「愛瑠さんだけじゃありません。迷子のときも、それに私にも。なんで困ってる人を放っておけないんですか?」


 声色からしても誉められているわけではなさそうだ。


「人を助けて感謝されたいんですか? それとも金持ちの気まぐれの慈善行為ですか?」

「どちらでもないよ。これは自分のためなんだ。だから感謝されるようなことじゃないんだ」

「人助けが自分のため?」

「他人の悩みを聞いていると、不思議と自分の悩みに繋がると思うんだ。確かに僕は迷子ではないし、不登校じゃないし、ふるさとを後にして好きでもない人に嫁がされる立場でもない」


 梅月さんは口を挟まず、先を促す用に黙って聞いている。


「でも人の悩みをどうやって解決すればいいかを真剣に考えていると、僕自信の悩みを解決する糸口も見えてくる。それに人の痛みや弱さを知ることで、自分の弱さも認められるようになるんだ」

「ごめんなさい。私にはよく理解出来ない」

「ごちゃごちゃ言い過ぎたね。ごめん。要は人の悩みを聞くのは自分のためだってことだよ。だから感謝されるようなことはしていないんだ」

「理解出来ないけど分かりました」

「なにその日本語」


 おかしな表現に笑うと、梅月さんも微かに口許を緩めた。


「お人好しすぎてちょっと心配ですけど、でも優しい人というのは伝わりました」

「全然伝わってない気がするんだけど?」

「人の解釈にまで口出ししないでください」


 そう言うと梅月さんはまた食器洗いに戻っていった。

 一緒に暮らし始めてまだ日が浅いけど、いま梅月さんの機嫌がいいことはその表情からなんとなく伝わってきた。

 僕の勝手な解釈なのかもしれないけど。




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 この作者はマッサージシーンを入れないと死ぬ病気に罹っているのかと思った方、正直に挙手ください。


 正解です。


 人の悩みを一緒に悩む蒼馬には、実はこういう意味がありました。

 そんな彼の生き方に呆れながらも尊敬した梅月さん。

 でも二人三脚はほどほどにね!


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