第4話 跡取らず息子
相変わらず休み時間になるとたくさんのクラスメイトが梅月さんの周りに集まる。
おかげで僕の席の周りは陽キャの溜まり場と化してしまった。
梅月さんは人を寄せ付ける力があるのだろう。
席を外したいけれど次の授業の準備や予習をするし、どうせ10分という短い時間なので席に座ったままだ。
「んでさぁ、こいつバカだから先生にバレてたんだぜ!」
はしゃいだ
しかし彼は気付いていないらしく話に夢中だ。
「でさーソッコーで逃げたんだけど、そのときこけちゃってズボン破けたんだぜ、バカじゃね」
森尾くんの話に周りのみんなは笑っていた。
梅月さんだけは笑わず、表情が消えた顔で落ちたノートを拾い無言で渡してきた。
「あ、ありがとう」
お礼を言ったが梅月さんはまるで僕など見えてないようにそっぽを向いていた。
次の休み時間になると梅月さんは自ら移動して黒瀬さんの席の近くに行った。
恐らく僕に迷惑をかけないためなのだろう。
彼女の気遣いに感謝した。
「ねーねー、今日帰りにカラオケ行かない?」
「おー、いいねー!」
黒瀬さんの提案にみんなが賛同していた。
今や黒瀬さんグループの一員である梅月さんも参加するのだろう。
ならば今夜は僕が夕食を作っておこう。確か牛肉とピーマンがあったはずだ。
家に帰ると制服にエプロンを着けた梅月さんがキッチンに立っていた。
「お帰りなさい」
「あれ? カラオケに行かなかったの?」
「断りました。興味ありませんから」
「へー? 歌うの好きじゃないんだ?」
「カラオケじゃありません。あの人たちに興味がないんです」
梅月さんは不機嫌そうにそう言った。
仲良さそうに見えるけど話し掛けられるから会話をしているだけなのかもしれない。
「そういえばありがとうね、梅月さん」
「なんのことですか?」
「休み時間のとき、席に人が集まらないように自分から動いてくれたでしょ? おかげで予習も出来て助かったよ」
「そんな細かいことに気付いてたんですか?」
梅月さんは呆れたように笑う。
「それより蒼馬さん。あの男子にぶつかられてノートが落ちたとき、どうしてなにも言わなかったんですか?」
「ああ、森尾くんのこと?」
「名前なんて覚えてません。ガツンと言ってやればいいんですよ。悪いのは向こうなんですから」
「そんなことで空気を悪くしても仕方ないでしょ。別にノートが落ちたくらいでいちいち文句を言っても仕方ないし」
僕にとっては『それくらいのこと』でも梅月さんにとっては重要なことだったらしく、ムッとした表情になる。
「ずいぶんと無気力なんですね。仮にもあなたは九条家を継ぐんですよ? もう少し日頃から毅然とした方がいいんじゃないですか?」
「継がないよ、僕は」
「えっ!?」
「僕は家業を継ぐつもりはない。もっと自由に、生きたいように生きるから」
梅月さんはこれまでで一番驚いた顔をしていた。
「だって蒼馬さんは一人息子でしょ?」
「だとしても僕が跡を継がなきゃいけないことはない。そもそも社長の孫だから、息子だからって理由で会社を継ぐなんていまの時代にそぐわないよ」
「そんなの周りが許すはずがありません」
「おじいちゃんには言ってある。『それでも構わないが、そんなに焦って決めるな』って言われてるけどね」
お父さんは絶対に継がせたいだろうが、それもいずれ説得するつもりだ。
「がっかりした? 跡継ぎじゃない人と結婚しても仕方ないもんね」
「別にどうでもいいことです。私が蒼馬さんと結婚すれば、うちの家は守れるんですから。結婚後に裕福じゃなくても、どうだっていいことです」
淀みなく即答したところを見ると、きっと本心なのだろう。ちょっと意外だった。
梅月さんはまた無表情に戻り、料理を再開する。
「でも家督を継がない理由が逃げることなら、がっかりします。そんな意気地なしの人と結婚するのは嫌ですから」
料理をしたまま、顔もあげずにそう言った。
何気ない一言に見せかけた厳しい指摘に胸がチクッとする。
「すいません。今のは言い過ぎました」
「いや。逃げてるのは事実だから」
「……逃げてるのは私も同じです。親に言われるままに生きてきて、自分の人生を自分で責任を取って生きてませんから」
梅月さんは悲しそうに微笑む。
事情もわかってないのに慰めるようなことを言うのは失礼だと思い、黙って首を横に振った。
「あ、だから蒼馬さんはあの学校に通ってるんですか?」
「どういうこと?」
「普通九条家の跡取りなら、失礼な言い方で申し訳ないですが、もっと名門と呼ばれるような学校に通うと思うんです。敢えてあの学校に通われているのはそういう意思の現れなんですか?」
なかなか鋭い指摘にドキッとした。
案外勘の鋭い人なのかもしれない。
「まあそういう意味もあるね」
「もしかしてクラスメイトや先生も蒼馬さんが資産家の跡取りって知らないんですか?」
「先生は一部知ってる人もいるよ。うちの担任の先生とか。生徒では、まぁ一人だけかな」
「やっぱり。素性を隠すなんて、なんだか蒼馬さんらしいですね」
そう言ったっきり梅月さんは会話をやめ、料理に専念した。
「お待たせしました」
梅月さんが運んできた料理を見て、思わずにやけてしまった。
「どうしました? 青椒肉絲お嫌いでしたか?」
「いや、好きだよ」
僕が作ろうとしたものと同じものを作った事がなんだか嬉しかった。
少なくとも食べ物の趣味はそんなに違わなさそうだ。
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軽めですがはじめての喧嘩をした二人。
でもそのお陰で本音を話せ、二人の絆も少し強くなりました。
ところで作中に現れた森尾くんは完全にモブなので今後さほど物語には絡んで来ません。
名前をつけないと展開上都合が悪いので名付けました。
どうでもいい人物なので気にしないで下さいね!
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