第3話 迷子

 梅月さんがやって来て最初の週末がやって来た。

 相変わらず学校では一言も話さず、家に帰ってきても必要最低限の会話しかしていない。


 でも梅月さんは転校数日ですっかりクラスにも馴染んだようで、陽キャの友だちが出来たみたいだ。

 友だちがいれば知らない土地でも少しは寂しくないだろうからいいことだ。



「蒼馬さん、今日はデートに付き合って欲しいんですけど」

「ぶほっ」


 朝食中にいきなりそう告げられてせてしまった。


「大丈夫ですか?」

「べ、べつに僕なんかじゃなくて友だちと出掛けたらいいんじゃない?」

「勘違いしないでください。これは監視の目を欺くための作戦です」


 僕の噴き出したお茶を拭きながらそう言った。


「どういうこと?」

「私と蒼馬さんがちゃんとうまくいっているか監視されていると思うんです。だから週末は二人で出掛けないと不審がられると思いまして」

「考えすぎじゃない?」


 うちのおじいちゃんもお父さんもそんなことするタイプじゃない。


「分からないじゃないですか。念のためです」

「あ、それじゃ買い物に行こうよ」

「なるほど。少し地味ですけどそれなら確かにデートっぽいですね」

「色々持ってきたと思うけど暮らしてみて必要なものとかも出てきたんじゃない? 梅月さんの生活に必要なものを揃えよう」

「えっ……私の買い物でいいんですか?」

「もちろんだよ。必要なものを書き出しておいてね」

「はぁ。まあ大抵のものは揃ってるから不便はないんですけど」


 前から梅月さんの生活必需品の買い物には行きたいと思っていたから好都合だ。



 クラスメイトと会うとややこしいので離れた都心部まで買い物に出掛ける。

 最初の頃は監視の人がいないかキョロキョロしていた梅月さんだが、次第に買い物に夢中になり色んな店を見て回っていた。

 どうやら梅月さんの地元に比べて店が多いのでテンションが上がっているようだ。


「あ、これ可愛くないですか?」


 梅月さんは小さな花柄が散りばめられたワンピースを手に取って振り返る。

 自然な笑顔やはしゃぐ姿が可愛くてドキッとしてしまう。


「うん。よく似合ってるよ」

「あっ……」

「どうしたの?」

「い、いいえ。よく見たらちょっと子どもっぽいかなって思いまして」


 梅月さんは浮かない顔をしてワンピースをもとの位置に戻す。

 ソッと値札を見てみると三万円だった。

 恐らく価格で諦めたのだろう。


「子どもっぽいかな? 花柄だけど落ち着いてるし、梅月さんに似合ってると思うな」

「そうですか?」

「よし、じゃあこれは僕にプレゼントさせて」

「だ、駄目ですよ。高額のものですし」


 焦る梅月さんの耳許に口を寄せる。


「監視の人が見てたら不振がるでしょ? プレゼントをする方が仲良さそうに見えるよ」


 監視されているという梅月さんの妄想を逆手に取ってそう提案すると、素直に頷いてくれた。

 会計を終わらせてワンピースの入った袋を渡すと、梅月さんは満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 ちなみに尾行している監視の人なんていない。

 ずっと辺りを警戒しているがそれらしき人は一人もいなかった。




 買い物を終え、ベンチで休憩していると一人の男の子が不安そうに辺りをキョロキョロ見回していた。

 恐らく迷子だろう。


「僕、お母さんとはぐれちゃったの?」


 しゃがんで目線を合わせて訊ねるとこくんと頷いた。


「お兄ちゃんが一緒に探してあげる。大丈夫だよ」

「うん」


 泣かないように堪えた涙をいっぱい溜めた瞳が可愛い。


「ごめん。ちょっとこの子を迷子センターに連れていくから梅月さんは一人で買い物を続けてて」

「私も行きます」

「そう? 悪いね、付き合わせちゃって。ありがとう」


 梅月さんが男の子の手を握ると少し安心した顔になった。

 小さい子と接するのが得意なのかもしれない。


 インフォメーションに行き、迷子のアナウンスをしてもらう。

 なにやら大事になっていると感じるのか、男の子は泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫だよ。お母さんが来るまで僕たちが一緒にいるからね」

「うん」

「梅月さん、ごめん。この子のお母さんが来るまで一緒にいていいかな?」

「もちろんです。私もそうするつもりでした」


 梅月さんは視線を男の子の高さに合わせてニッコリと微笑む。

 男の子は少し安心したようで、涙目で頷く。


「えらいねー。泣かないんだ。さすが男の子」


 子どもと接する梅月さんはいつもと違って柔らかな表情をしていた。

 その表情が一番似合ってる。


 やがて母親が迎えに来て、何度も僕たちにお礼を述べた。

 男の子はお母さんの顔を見て安心したようで、突然泣き出してしまった。

 お母さんに抱っこされて帰っていく姿を二人で見送る。


「やっぱりお母さんには敵わないですね。お母さんを見たらすぐに飛んでいっちゃいました」

「はは。そりゃそうだよ。でも梅月さんにもすごく懐いていたね」

「そうでしょうか? それよりすぐに迷子に気付いて手を差し伸べる蒼馬さんの方がすごいと思いました」

「そうかな? 普通でしょ」


 照れくさくて適当に返すと梅月さんは俺の手を握ってきた。


「さ、さぁ買い物の続きをしましょう」

「う、うん」

「手を繋いだのは監視の目を欺くためです。勘違いしないでくださいよ」

「分かってるよ」


 一瞬ドキッとしたのが恥ずかしい。

 そう。梅月さんは僕に好意など持っていない。

 勘違いして舞い上がってはいけない。

 肝に銘じて隣を歩いていた。




 ────────────────────



 蒼馬の優しさに触れ、梅月さんも徐々に警戒心を解いてきました。

 とはいえまだまだ道程は遠いですけれど。


 恋というよりは信頼関係を気付くところからですね!


 さて、本作とは関係ありませんが、先日『次世代作家文芸賞』という公募で中間選考を通過しました!

 結果発表は九月です。


 ジャンルは元々書いていた青春小説のライト文芸です。

 大賞作品は蔦屋書店の一等地で展開してくれるという画期的な文学賞です。

 23作品も残る熾烈な争いですが、受賞できたらいいなと期待してます!


 また結果が発表になったらご報告いたします!


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