第40話 師匠の教え
背中を張られて少しシャキッとした。
「保証するって。ウチだって蒼馬に少し惚れたんだから」
「えっ!?」
「ま、花菜と愛瑠っていう強敵がいるから参戦はしないけど」
大曽根さんはあっけらかんととんでもないことを言い放つ。
「あれ? それとも花菜よりウチの方がよかった? 付き合っちゃう?」
「い、いや、それはごめんっ。 気持ちは嬉しいけど──」
「コクってないのに振ろうとすんな!」
背中への二発目は、先ほどより少し強かった。
「とにかく花菜のことが好きなら隠そうとしない方がいいよ、マジで」
「素直に気持ちを表に出すって、具体的にはどうすればいいんだろう」
「なんでもウチに訊こうとするな。自分で考えなよ」
「へぇ。じゃあ大曽根さんも僕に教わらずに期末テスト頑張ってね」
「うっ……可愛い顔して意外とエグい交渉してくるんだな、蒼馬」
少し卑怯だけど交換条件として使わせてもらう。
「そうだなぁ。まずはあんまり愛瑠とベッタリしないこと、花菜に愛瑠の話をしないこと」
「分かった。他には?」
「そうだなぁ。感謝したり相手を誉めるのは大切だね。少し大袈裟なくらい誉めること」
「感謝の気持ちは大切だよね」
「あと蒼馬って花菜と話すときあんまり目を見ないよね。ちゃんと目を見て話した方がいい」
「けっこう細かいところまでチェックしてるんだね」
確かに花菜さんと会話するときは恥ずかしいから視線を逸らしがちだ。
「好きな人いるの? とかそういう質問をするのも悪くないかな。興味持ってくれてるんだとか意識させるし」
「なるほど。でも逆に聞き返されたらどうするの? そのタイミングで告白すればいいの?」
「早すぎ。童貞かよ。そのときは『ないしょ』とか思わせ振りな返事しておけばいいから」
女の子から童貞だと看過されて、恥ずかしさで更に体温が上がる。
「あとはさりげなく手を握ったり、耳許でないしょ話したり」
「な、難易度高いね」
「この辺りは向こうに気がなけりゃキモがられるけど、花菜も蒼馬のこと意識してるだろうから大丈夫だと思うよ」
「なるほど。勉強になるなぁ」
忘れないようにノートにメモをする
────
──
「ただいま」
「あ、お帰りなさい。どうでしたか? 大曽根さんの勉強、捗りましたか?」
花菜さんは料理をしながら訊ねてきた。
「う、うん。基礎からだったけど、理解力が高いから結構捗ったよ」
「さすが蒼馬さん。お互い勉強になりましたか?」
「お、お互いっ!? ぼ、僕は教えていただけでっ」
なぜ僕が恋愛の勉強を教わっていたことを知ってるんだ!?
焦りながら否定すると、花菜さんは不思議そうに小首を傾げた。
「以前私に勉強を教えてくださったとき、教える側も勉強になるっておっしゃってましたよね?」
「へ? あ、ああ! そうそう! 僕も勉強になったよ! あはは!」
変な汗を拭いながら笑って誤魔化す。
「そうそう。今日の放課後愛瑠さんが私のところにやって来たんです。テストが終わったらまたカラオケ行こうって。あの人から誘ってくるなんて珍しいですよね」
「へぇ、それは──」
答えかけて慌てて口をつぐむ。
花菜さんの前で愛瑠の話題をしてはいけない。
さっき教わったばかりなのに、早くも間違うところだった。
「テスト最終日に行きますか? それともその次の休みの日にしましょうか?」
聞こえなかった振りをしてトイレに向かう。
愛瑠の話をしないというのもなかなか難しいものだ。
今日の夕飯は金目鯛の煮付け、ほうれん草の白和え、肉巻きゴボウだった。
「沢山作ってくれたんだね。ありがとう!」
「簡単なものばかりですよ」
「いやいや。学校終わってからこんなに作ってくれるなんてすごいよ。いつもありがとう」
「どうしたんですか? そんなに誉められるとなんか怖いんですけど?」
「ごめん。怖かった?」
「冗談ですよ。本当は怖くないですから」
意識しすぎると余計に話しづらい。
でも大曽根さんのアドバイスを無駄には出来ないので、じっと花菜さんの目を見詰めながら会話を続ける。
「そ、そそういえば、花菜さん」
「なんですか?」
「す、好きな人とか、いる?」
「もちろんです。父や母が好きですし、妹だって好きです。それがどうかしましたか?」
「あ、いや……」
「蒼馬さんだってご両親のこと好きですよね?」
「な、ないしょだよ」
「え?」
花菜さんは不安そうな顔をして僕を見ていた。
本当にこんなやり取りで僕の気持ちが伝わるものなのだろうか?
食事の片付けが終わってから二人でソファーに座る。
テーブルに置いてあるリモコンの位置を確認してから話を振った。
「あ、そうだ。今日観たい番組があるんだった。リモコンどこだっけ」
「蒼馬さんの前にありますよ?」
「えっ? どこ?」
「すぐそこですよ」
「どこ?」
「ここですよ、ほら」
花菜さんが手を伸ばしてリモコンを取った瞬間、僕も手を伸ばしてリモコンごと花菜さんの手を握った。
「ちゃんと分かってるんじゃないですか」
花菜さんはやや呆れながら手を離した。
偶然を装って手を握る作戦は失敗だった。
テレビをつけたのはいいが、特に観たい番組があるわけでもない。
一通りチャンネルを変えてからテレビを消す。
「いいんですか? なにか観たかったんですよね?」
「ごめん。観たい番組は明日だった」
「ひゃうっ!? そ、そんなことわざわざ耳のそばで囁かないでください。くすぐったいです」
「ご、ごめん」
これじゃ挙動不審なだけだ。
居たたまれなくなり、僕はお風呂へと逃げていった。
こんなことで本当にうまくいくのだろうか?
明日もう一度大曽根さんに確認してみよう。
そもそも大曽根さんは僕と花菜さんが許嫁で、一緒に暮らしていることを知らない。
その辺の事情もちゃんと伝えたほうが正確なアドバイスを貰えるだろうか?
────────────────────
師匠の教えに忠実な蒼馬くん。
うん、これはもうちょっとちゃんと教えた方が良さそうだね!
蒼馬みたいなキャラにはビシビシ教育した方がいいんでしょう。
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