第39話 表面心理テスト
カラオケから数日経ったある日の放課後。
「九条! 助けてー」
「ど、どうしたの、大曽根さん」
「お願い。うちに勉強教えて」
「え? 花菜さんと愛瑠に教わってたんじゃないの?」
「それがさぁ。花菜は基本的なことは知ってるものとして教えてくるし、質問してもそういうもんだって言われるし。マジで馬鹿の気持ちなんて何にも分かってないんだよ」
なるほど。教えるのが苦手というのは謙遜じゃなくて本当のことだったようだ。
「愛瑠は?」
「愛瑠はもっと論外。勉強で集まってるのにすぐスマホでゲームしようとか誘ってくるし。ようやく勉強始めたと思ったら、全部暗記すればいいの一点張りで。あいつめちゃくちゃ記憶力いいのな。テストは記憶と勘とか言ってるし。マジ無理」
「あー……それは愛瑠らしいね」
「頼む! 補習とか死ぬし。そもそも蒼馬が一番頭いいんだし、頼むよ!」
「まぁいいけれど」
両手を合わせて懇願されたら断るわけにもいかない。
大曽根さんの家で勉強会をすることになった。
花菜さんが面倒に思うのも頷けるほど大曽根さんは基礎的なことを理解してなかった。
でも理解力はあるので、丁寧に教えるとすぐに理解していってくれる。
「スゲーな。九条って先生になる素質あるよ、マジで!」
「そんなことないって。大曽根さんの理解力が高いだけ」
「なるほどー。そうやっておだてて生徒のやる気を出すんだな」
茶化しながらも大曽根さんはまんざらでもなさそうだ。
「ちょっと休憩しようか」
「おっけー。麦茶持ってくるね!」
氷の入った芳ばしい麦茶を飲むと、一気に夏っぽさを感じる。
大曽根さんはお茶を飲みながらスマホを弄っていた。
「そーいえばさ」
「なに?」
「九条って花菜のこと好きなんでしょ?」
ブフォッっとお茶を吹いた。
「はあぁ!? え、いや、それは」
「え? 違うの?」
なんでもないことのように訊ねてきた大曽根さんは、スマホから僕へと視線を移す。
「な、なんでそう思ったの?」
「なんでって……財布泥棒事件の時にあれだけ庇ってたし、カラオケ行ったり遊びに行ったりするときも、いっつも花菜のこと見てるじゃん」
「そ、そんなに見てないと思うけど」
「てか違うの? もしかして愛瑠の方だった?」
「ないない。それはないよ」
「それはないってことは、花菜の方はあるんだ?」
あっけらかんと訊ねられ、顔が燃えそうに熱かった。
「ま、まぁ……好きとか分からないけど、気になってはいるかな」
「なにその煮え切らない態度」
大曽根さんはスマホを置き、ズイッと僕の目を覗き込んでくる。
「好きならはっきりとそう言いなよ」
「自分でもよく分からなくて」
「はぁ? 好きかどうか自分でも分からないの!? あり得なくない?」
「これまでそういう経験がなかったから」
「はぁ……マジか」
大曽根さんは額を押さえて落胆を表す。
「気付くとつい花菜を視線で追ったりしてない?」
「たまに」
「寝る前に花菜のことを考えたりしない?」
「それは、まあ……たまに」
「そうするとなんだか寝付けなくなるでしょ?」
「あ、うん。よく分かったね」
あまりに的確に当ててくるから少し驚いたが、大曽根さんは呆れたように苦笑いを浮かべていた。
「それ、完全に花菜に恋してるから」
「や、やっぱりそうなんだ!? 今のは深層心理を探る心理テストかなにかなの!?」
「深層心理じゃなくてごく表面の心理だよ! 絶対好きじゃん、花菜のこと」
恥ずかしくて全身が熱くなる。
「ど、どうしたらいいんだろう」
「取り敢えずもっと素直に好きだって気持ちを分かりやすく伝えた方がいいんじゃね?」
「そうか。そりゃそうだよね」
「少なくとも今みたいに愛瑠と仲良くしすぎるのは問題だから」
「愛瑠と? なんで? 愛瑠は友だちだし、いきなり態度とか変えられないよ」
「マジか、蒼馬……」
大曽根さんは心底驚いた顔になる。
「じゃあ逆に訊くけど、花菜が蒼馬より駒野と仲良くしてたらどう思う?」
「駒野くんと? それはちょっと切ないけど、でも仕方ないかなって思うかな」
「そうだろ? 花菜だって蒼馬が自分より愛瑠と仲良かったらそう思うよ。友だちとして仲いいとか、そんなの傍目からは分かんないんだから」
「あ、なるほど。それもそうか」
花菜さんの目には僕が愛瑠に片想いしていると映っている可能性もあるわけだ。
「あとこれはウチの勝手な予想だけどさ」
「なに?」
「花菜って蒼馬のこと好きなんじゃね? 多分だけど」
「ええーっ!? そ、それはない。あり得ないって」
「なんでよ? 十分あり得ると思うけど? 実際チラチラ蒼馬のこと見て気にしてるし。二人きりのとき蒼馬の話を振るとやけに照れるし」
「でもあんなに美人なんだよ? 僕なんか好きになるわけないから」
「はあ? 花菜は人を見た目で好きになったりするような奴じゃないよ。てか蒼馬だってそれくらい分かるでしょ」
「そうかもしれないけど、でもいくらなんでも僕なんか好きになるかな?」
確かに花菜さんは外見を重視するタイプではないかもしれない。
とはいえ僕の内面に惹かれるところがあるとも思えなかった。
「財布事件のとき、誰も庇わなくても蒼馬は信じて味方したんだよ? それだけでも惚れられるって」
「それくらいで好意を持つかな?」
「持つよ、そりゃ。そもそも蒼馬っていつも優しいし、相手を気遣うし。ちゃんと接してたら惚れるだろ、フツーに」
「持ち上げすぎだよ」
「もうっ! イラつくから否定すんな!」
パチンっと気合いを入れるように背中を叩かれる。
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みんなを代弁して大曽根さんが言ってくれたぞ!
よくやった!大曽根さん!
新たな仲間の登場で物語は加速していく!
突き抜けろ、蒼馬!
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