第35話 黒瀬撃退!
「体育は五時間目だったよね? それ以降お財布を確認しなかったの?」
「そりゃしてねーし。そもそも用事がなきゃ学校で意味もなく財布なんか触んなくない?」
大曽根さんの言うことももっともだ。
お財布なんて用がなければ確認しない。
──そのときふと気がついた。
「あれ? なんで大曽根さんは帰る前にお財布が無いことに気がついたの?」
「帰る前は財布があるか確認するでしょ!」
質問に答えたのは大曽根さんではなく黒瀬さんだった。
「黒瀬さんに聞いてないよ。大曽根さんに聞いてるんだ。なんで財布を探したの?」
「なんでって……黒瀬が借りていた二百円を返すって渡してきたから、しまおうと思って」
「なるほど。それはお財布にしまおうとするよね」
下校してから財布がないことに気付いても、花菜さんの鞄に隠した財布を見つけさせられない。
大曽根さんにはみんながいる教室で気付いてもらわなければいけなかった。
でもなかなか気付かないから小銭を渡して財布にしまうように促した。
そう言うことだろう。
「大曽根さんは黒瀬さんにいつお金を貸したの?」
「んー……えーっと」
「そんなこと九条に関係なくない? ていうかさっきからやけに梅月さんの肩を持つよね? 九条って梅月さんのことが好きなの?」
都合が悪い流れになりだして慌てて話をすり替えようとしているのだろう。
感情的になったり、話に乗っかれば相手の思う壺だ。
黒瀬さんは無視して大曾根さんに問い掛ける。
「すぐに思い出せないっていうことは今日とか昨日ではないんだよね?」
「んー……」
「そんなことどうでもよくない? いつお金貸したか分かったところで梅月さんが大曾根さんの財布を盗んだ事実は変わらないから」
「盗んでません。私の鞄から大曾根さんのお財布が出て来ただけです」
「それが盗んだってことじゃん! ウケる!」
黒瀬さんは手を叩いて笑うが、付き合って笑ったのは仲間内の数人だけだった。
花菜さんは安っぽい挑発に乗るほど愚かではないので、黙って黒瀬さんに咎めるような視線を向けていた。
『黒瀬さんは人気を梅月さんに取られて嫉妬している』
以前駒野くんが言っていた言葉を思い出す。
あの予想は正しかったようだ。
ここに駒野くんがいてくれたら心強いのだけど、今日はたまたま欠席していた。
僕がなんとかするしかない。
黒瀬さんの方はもはや花菜さんとの関係を修復しようという意思はないのだろう。
みんなの前で泥棒に仕立て上げ、人気や立場を地の底に落とすつもりだろう。
嫉妬というものは恐ろしいものだ。
何とか助けてあげたいが、証拠がない。
今の状況ではどうしても花菜さんに分が悪すぎる。
「ごちゃごちゃいう前に大曾根さんに謝ったら? 悪いことしちゃったら謝るのが人として当然の行為でしょ?」
「転校生は盗んでない」
重い空気の中、救いの声をあげたのは意外にも愛瑠だった。
「なに、いきなり? どうしたの、手束さん」
予想外の伏兵に焦った黒瀬さんは引き攣った笑顔を浮かべる。
この空気のなか反論するのはかなり勇気がいることだったのだろう、愛瑠は脚をかくかくと震わせていた。
「ボクは転校生の動向をずっと監視していた。確かに体育の授業のあとは一番最初に教室に戻って来たけれど、お財布を盗んだりはしてなかった」
「体育のときはそうかもしれないけど、そのほかのタイミングかもしれないでしょ? 現に梅月さんの鞄から財布が出てきたんだから、それが動かぬ証拠よ」
「それはない。ボクはずっと転校生のことを監視していた。盗みを働いていたら絶対に見ているはずだから」
ここまで断言できるのはずっと注意深く見ていたということだろう。
愛瑠は花菜がほかの男子と仲良くしていないか監視していると言っていたのだから間違いない。
愛瑠が強く否定したことでクラスの空気が少し変わった。
なにより被害者である大曾根さんが疑わしい視線を黒瀬さんに向けていた。
空気が変わり始めたことに黒瀬さんは焦りを見せ始める。
「じゃ、じゃあなんで梅月の鞄に財布が入っていたんだよ! 適当言うなよ、陰キャ! 不登校だったくせにキモいんだよ!」
「じゃあ警察に届けたらいいんじゃない? 財布にも指紋が残っているだろうし」
そう提案すると黒瀬さんは明らかに動揺した。
「そ、そんなの梅月が拭って消してるかもしれないし、意味ないから!」
「違うよ、黒瀬さん。梅月さんの指紋じゃない。真犯人の指紋が残っているかもしれないって言ってるんだ。大曾根から財布を盗んで、その財布を梅月さんの鞄に入れた真犯人の、ね」
黒瀬さんはなにか反論しようとし、でもうまい言葉が浮かばないらしく、口の端をひくひくとさせていた。
「大曾根さん、最近財布を他の誰かに触らせた?」
「まさか。財布なんて誰にも触らせてないし」
「じゃあ大曾根さん以外の指紋があったら、それが財布を盗んだ犯人のものっていうことだね。誰の指紋が出てくるのか興味深いと思わない、黒瀬さん?」
「け、警察とか大袈裟でしょ」
「これは窃盗事件だよ。しっかり調べてもらった方がいい。もちろん先生にも話をして、犯人にはしっかりと罰を与えないと。警察沙汰だからきっと退学処分だろうけど」
黒瀬さんは顔が青ざめている。
さきほどまで黒瀬さんに同調していた友人たちも目を逸らし、黒瀬さんと距離を取っていた。
その態度を見て大曾根さんやその他のクラスメイトも誰が真犯人なのか確信しているようだった。
「おい、黒瀬。お前がやったのかよ? 正直に答えろよ!」
大曾根さんがゴンッと机を蹴り上げると、黒瀬さんはビクッと震えて縮こまった。
「謝った方がいいよ、黒瀬さん。悪いことをしたら謝るのが人として当然の行為なんでしょ?」
「……ごめんなさい。私が、しました」
黒瀬さんはうなだれるように頭を下げた。
「ウチじゃなくて梅月に謝れよ! あ、土下座な」
大曾根さんは先ほどよりさらにギアが上がったブチ切れ方をしていた。
黒瀬さんは花菜さんの方を振り返り、床にひざまずく。
花菜さんを見上げる目は真っ赤に充血している。
「梅月さん、ごめんなさい」
「もういいです。二度とこんなことしないでください」
黒瀬さんが頭を下げるより前に花菜さんはその場を立ち去る。
僕はそのあとを慌てて追いかけた。
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無事黒瀬の悪行を暴き、花菜さんを救った蒼馬!
よくやったぞ!
愛瑠もナイスアシスト!
とはいえ花菜さんの精神的ダメージは相当なもの。
ここから新展開を迎え、物語はクライマックスへ!
乞うご期待!
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