第34話 盗難事件

 夏といっても差し支えないくらいに暑い日の放課後に、事件は起こった。


「あー!? うちのお財布なくなってる!」


 大声を出したのはギャルの大曾根おおそね芹亜せりあさんだ。

 不穏な内容に教室中がざわめき、大曾根さんの周りに人が集まっていった。

 何人かが一緒になって探すが見つからなかった。


「セリア、がさつだからどっかで落としたんじゃね?」

「いくらがさつでも財布なんてなくさねーし!」


 からかう友だちに大曾根さんはちょっとムッとしていた。

 気持ちは分かる。財布をなくした時っていうは本当に焦るものだ。


 大曾根さんたちが教室の外を探しに行こうとしたとき、黒瀬さんが「ちょっと待って」と声をかけた。

 その表情は妙に沈んで思い詰めているようだった。


「実は、その……」

「なに、黒瀬、なんか知ってんの?」

「えっと……その……知ってるというか」

「教えて」


 大曾根さんに圧をかけられ、黒瀬さんはたじろいだように後退る。


「関係ないかもしれないけど……体育終わった後、梅月さんが大曾根さんの席の近くにいたのを見たんだよね」

「は?」


 大曾根さんが鋭い視線を梅月さんに向ける。

 大曾根さんだけじゃない。クラス全員の視線が梅月さんに向けられていた。


「私は知りませんけど?」


 梅月さんは落ち着いた表情で返す。

 彼女らしい冷静沈着な対応だが、この場面でちょっとよくなかった。

 この張り詰めた空気のなかでそれはあまりに落ち着きすぎていて、逆に怪しい心証を与えてしまっていた。


「関係ないんなら鞄の中とか調べさせてもらうけど?」

「なんでそんなことされなければいけないんですか?」

「何にもないんだったら拒否る理由なくない?」


 普段絡みがない二人だから余計に緊張感が走った。


「どうぞ、ご自由に」


 梅月さんはため息をつきながら鞄を渡す。

 大曾根さんは鞄をひっくり返して中身をぶちまけるのかと思いきや、意外と丁寧に中を調べていく。


 そして──


「ちょっ……これ、ウチの財布なんですけど!?」


 手にしたブランド品の派手な財布は、確かに花菜さんのものではなかった。


「えっ……」


 花菜さんは唖然とした表情になる。

 自分の鞄から見知らぬ財布が出てきて焦っているのだろう。

 しかし大曽根さんやその他多くのクラスメイトには単に盗んだのがバレて焦っているようにしか見えなかったようだ。


「梅月、これ、どういうこと?」

「私も知りません。なぜ大曽根さんのお財布が私の鞄に入っているんですか」

「しらばっくれんなよ! てめぇが盗んだからだろ!」


 大曽根さんは近くにある椅子を蹴っ飛ばして倒す。

 激しい音に花菜さんはビクッと震えた。


「マジかよ」

「真面目そうな顔してそんなことするんだ」

「泥棒とクラスメイトとか無理」


 ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 状況的に見て、みんながそう思ってしまうのは無理もない。

 しかし花菜さんがそんなことをするはずがないし、驚いた表情を見れば寝耳に水なのは明らかだ。


「黙ってないでなんか言えよ!」


 興奮した大曽根さんが机をバンッと強く叩く。

 みんなが心なしか花菜さんから離れていった。

 花菜さんが犯人と思ってる人もいるだろうけど、単に大曽根さんの剣幕に押されて距離を取っている人もいるのだろう。


 普段仲良くしている黒瀬さんは、助けもせずうつ向いていた。


 ──えっ!?


 よく見ると微かに笑っている。

 そもそも花菜さんが疑われたのは黒瀬さんのひと言がきっかけだ。

 まさか黒瀬さんが花菜さんを嵌めようと罠を仕掛けたのだろうか?


「おい、梅月。ちゃんと説明しろよ」

「私、知りません」

「知りませんじゃねぇんだよ。あんたの鞄からウチの財布が出てきたの! なんなら警察行こうか?」

「大曽根さん、お財布の中身は確認したの?」


 少し緊張したが大曽根さんと花菜さんの間に入って問い掛ける。

 みんなの視線が一斉に僕に向けられた。

 花菜さんは少し心配そうな顔で僕を見ていた。


「はぁ? まだだけど?」

「失くなってるものがないか、ちゃんと確認した方がいいよ」


 大曽根さんは財布を開けてお金やカードの類いを確認する。


「どう? なにか盗まれてる?」

「いや。別になにもなくなってない」

「おかしくない? 普通お金が欲しかったらお金だけ盗むよね? 学校でお財布ごと盗んだらこうやって見つかる可能性あるんだし」

「そうとも限らなくね? 慌ててたから財布ごと盗んであとからゆっくりと中を確認するつもりだったかもしらねーし」


 大曽根さんの言うことはもっともだ。

 しかし少しでも話をして大曽根さんを落ち着けさせることが目的だから説得出来なくても問題はない。


「黒瀬さん」

「なに?」


 平静を装っているが、黒瀬さんの視線は少し泳いでいる。


「さっき体育のあとに梅月さんが大曽根さんの席の近くにいたって言ってたよね?」

「そうだけど」

「何していたのか訊いた?」

「訊かないよ、そんなこと。まさかお財布盗んでいたなんて思わなかったし」


 黒瀬さんは花菜さんの方を見ず、花菜さんが盗んでいたと決めつけたことを言う。


「ふぅん。そう。ちなみに大曽根さんはお財布を机に入れてたの?」

「あっ……いや、財布は教室の後ろの個人ロッカーの中に入れてた」

「そんなこと関係なくない? 梅月さんの鞄から財布が出てきたんだから盗んだのは間違いないでしょ!」


 黒瀬さんは煽るように大曽根さんにそう言った。

 花菜さんを庇うどころか犯人と決めつけている。

 怪しすぎる。

 すべては黒瀬さんが嵌めようとしている罠なんじゃないだろうか?

 そんな疑念が胸に渦巻く。

 花菜さんも黒瀬さんが怪しいと気付いたのだろう。

 静かに黒瀬さんの横顔を見詰めていた。


 絶対に尻尾を掴んでやる。

 しかし証拠がなければそれも難しい。





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 突然訪れたピンチ。

 蒼馬は花菜さんを救えるのでしょうか?


 頑張れ、蒼馬!

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