第23話 中間報告
僕の実家の応接室。
隣に座る花菜さんは学校とも家とも違う、凛とした空気を纏っていた。
一方うちのお父さんとお母さんは朗らかな表情で僕たちを見ていた。
「一緒に暮らしはじめて一ヶ月くらい過ぎたけどどうかな? 不自由はない?」
「はい。お父様。お心遣いありがとうございます。蒼馬さんが優しくしてくださるのでとても心穏やかに暮らせております」
花菜さんはあらかじめ用意していた台詞を言うように落ち着いて受け答えをしていた。
「花菜さんはしっかりしているな。蒼馬は子どもっぽいところが残っているから迷惑をかけるね」
「いえ。蒼馬さんほとてもしっかりされてます。学業も優秀でクラスメイトや先生からの信頼も厚いです」
「成績といえば花菜さんもなかなかのものらしいな」
「私なんてまだまだです。この前の中間テストでも蒼馬さんは学年トップでした。さすが蒼馬さんだと尊敬いたしました」
父さんは静かに頷く。
表情に出ない性格だが、花菜さんに満足しているようだ。
母さんは更に無表情で話を聞いている。
その姿が気になるのか、花菜さんは時おり母さんに視線を向けて微笑んでいる。
重苦しい空気というのは酸素を取り込みづらいのか、なんだか息苦しくなってくる。
花菜さんも落ち着いた振りをしているが肩に力が入っているのが見てとれた。
おじいちゃんなら気心も知れてあれこれ話せるが、父さんの前だと畏まってしまう。
婚約を解消したいんだなんて間違っても言える雰囲気じゃない。
『たまには花菜さんを連れて遊びに来なさい』と呼ばれてやって来たが、これは確実に僕たちの様子を伺うための、いわば面談みたいなものだ。
雑談しながら父さんはどれくらい親密になっているのかを確認しているのだろう。
「ほぉ、二人で美術館に」
「はい。こちらは大きな美術館が多くて、有名な作品も数多く所蔵されているので。いなかでは見られないようなものが見られて、とても嬉しいです」
朗らかに笑う花菜さんを母さんがじっと見詰めていた。
その視線に気付いた花菜さんは申し訳なさそうに身体を萎縮させていた。
「ちょっと人と会う約束があってな。一時間ほどで戻るからゆっくりしていきなさい」
父さんは時計を見ながら立ち上がり、部屋を出ていく。
母さんはお茶を継ぎ足しながら父さんの足音が遠ざかるのを確認していた。
「ごめんねぇ、花菜ちゃん。肩凝るでしょ、あの人。普段はもっと砕けた人なのよ。息子のフィアンセの前でかっこつけてるのかしら? ふふ。案外かわいいところもあるのねー、あの人も」
「へ?」
突然豹変した母さんに、花菜さんは目を丸くする。
これはいつものことだからもちろん僕は驚きもしない。
「悪気はないんだけど、人と接するときはどこか威圧的になっちゃうのよねー、誠さん」
「そ、そうなんですね」
母さんは緊張が途切れると父さんのことを『誠さん』とか『まこちゃん』と呼ぶ。
「私はもっとフランクにお話ししたかったんだけど、誠さんに止められちゃって。ごめんなさいね」
「い、いえ。お気になさらずに」
「で、どうなの? 蒼馬とうまくやってる?」
「あ、はい。蒼馬さんはとてもいい方で」
「そうゆうのいいから。実際のとこどーなの?」
「母さん。あまりの豹変ぶりに花菜さんがついていけてないから」
「あ、ごめんなさい。興奮しちゃって、つい」
テヘッと笑う母さんを、また少し警戒した様子で花菜さんが見ていた。
「いきなりこの人と結婚しろなんて言われても困るよねー。私もそうだったもん」
「お母様も十七歳の時にお父様と?」
「んーん。誠さんは十七歳だけど、私は十一歳よ。小六で結婚相手紹介されても困るよね。しかもその頃、家庭教師の先生のことちょっと好きだったし」
「は、はぁ……」
明らかに花菜さんは引いているが、母さんはお構いなしだ。
これが母さんの平常運転だから仕方ない。
フォローはするけれど、基本的には花菜さんに慣れてもらうしかないだろう。
「誠さんって昔からあんな性格だから怖くて。絶対こんな人と結婚なんてしないって思った」
「えっ……そうなんですか」
「花菜さん、これは結局ノロケ話だから真面目に聞かなくていいよ」
「なんてこというの、蒼馬。親のなれそめをからかうんじゃありません」
「それでなぜ結婚されたんですか?」
興味津々の花菜さんは続きを促す。
「冷たくて無感動の無表情に見える誠さんだけど、実はすごく優しいの。幼い私をいつも気遣ってくれて、失敗しても庇ってくれて。頑なだった私も徐々に誠さんに惹かれていって、それで気付いたら私も誠さんのことがすごく好きになってたって訳。絶対この人のお嫁さんになろうって」
「素敵ですね。何歳くらいで結婚しようと思われたんですか?」
「十二歳の時かな」
「早っ!」
思わず素が出た花菜さんは口許を押さえて「すいません」と謝る。
「でも分かります。不安なときに優しくしてもらえると、本当に嬉しいしホッとしますもんね。蒼馬さんもすごく優しいです」
「へぇ、蒼馬がねぇ。でも真の優しさとは強さのことだと思うの。蒼馬は頼りないからなぁ」
「そんなことありません。蒼馬さんはとても強くて頼れる人です」
花菜さんが力説すると母さんは「へぇ。だってさ、蒼馬」とニマニマしながら僕の肩を突っつく。
「子どもじゃないんだからやめてよ、母さん」
はしゃぎすぎで困った母さんだ。
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母のぶっ飛んだキャラにビビる花菜さん。
別の意味で緊張しそうですね!
自分の親のなれそめって聞いてられないものですが、他人の親のなれそめって面白いですよねー。
花菜さんもいつの日か息子の彼女になれそめを話す日が来るのでしょうか?
楽しみですね。
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