第37話 新たな仲間

 財布泥棒事件の翌朝。

 いつも通りに花菜さんは朝食をテーブルに並べてくれていた。

 昨日のことなんてなかったように、いつも通りの顔をしている。


「ねぇ花菜さん。今日は学校サボって遊びに行こうか?」

「なんですか、唐突に?」

「たまには息抜きしようかなーって思って。それに平日だと人気のスイーツ店とかも空いてるんじゃない?」


 乗ってきそうな提案をしたが、花菜さんは微笑みながら首を横に振った。


「昨日あんなことがあったから学校に行きづらいと思って気を遣ってくれてるんですね」

「いや、別にそういうわけじゃ──」

「ありがとうございます。蒼馬さんのそういう優しいところ、好きですよ。でも大丈夫です。ちゃんと登校します。私が悪い訳じゃないんですから、逃げたりはしません」


 強い意思を感じる目で見詰められ、それ以上はサボりを誘えなかった。

 きっと財布泥棒だと勘違いされたままでも、花菜さんは学校を休んだりはしなかったのだろう。

 それが僕にはない花菜さんの強さだ。


「そうだよね。ごめん」

「あ、でも学校帰りには人気スイーツ店に行きますよ」

「え? それは行くんだ?」

「放課後だって平日には違いありませんから」


 表情を変えずにしれっとそんなことを言う。

 釣りでいうとエサだけとられて魚を逃したような感じだ。


 二人で愛瑠を誘いに行き、三人で登校する。

 花菜さんもポートライトにはまってきたのか、しきりに上達法方やアイテムについて質問をしていた。

 愛瑠は鬱陶しそうな顔をしているが、頼られているのが嬉しいらしく、やけに饒舌だった。

 あんなことがあった翌日なのに、なんだかとても清々しい気持ちになる。




 教室に着くと財布泥棒騒動のもう一人の被害者である大曽根さんが駆け寄ってきた。

 思い詰めた顔で一直線に向かってくるので思わずビクッとする。


「花菜、昨日はごめん!」


 大曽根さんは明るすぎる色の髪をバサッと中に舞わせる勢いで深々と頭を下げてきた。


「いえ。あの状況だったら誰だって私を疑いますから。頭を上げてください」

「だとしてもキツく詰めすぎたから。犯人だと決めつけて、椅子蹴っ飛ばしたりして。マジでごめん」

「本当に気にしてないですから」

「ウチ、花菜とほとんど話したこともないし、もしかしたらそーいう奴なんじゃね? とか思っちゃってたから。ホント、ごめん」


 悪いことをしたと思ったら全力で謝れる。

 そんな大曽根さんが立派だと思った。


「じゃあ今日から仲良くしましょう。そうしたら私のこともちゃんと知ってもらえると思いますし」

「は? え? マジで言ってる!? 昨日あんなにひどいことしたのに!?」

「もちろんです。申し訳ありませんが、正直私も大曽根さんがこんなに真剣に謝ってくれる人とは思ってなかったですから。だから勘違いはおあいこです」


 恐らくそれは本心なのだろう。

 花菜さんは嬉しそうに笑っていた。


「花菜、マジで天使なの? ありがとー!」

「ひゃう!?」


 大曽根さんはガバッと花菜さんに抱きついていた。

 赤ら顔で戸惑う花菜さんが新鮮で可愛かった。


「あのあと黒瀬の奴はシメといたから。なんなら今日もシメとくし」

「駄目です。そういうのはやめてください」

「そう? 花菜がそういうなら許しとく。まー、昨日かなりシメたから二度とあんなことしないと思うし」


 教室を見回したが黒瀬さんの姿はなかった。

 昨日あんな騒ぎを起こしてしまったのだから気まずくて学校にも来られないのだろう。


「ちょ、九条、なにがあったの?」


 昨日学校を休んでいた駒野くんは訳が分からない様子で訊ねてくる。


「いや、まあ……色々あってね」


 友だち思いの駒野くんがことの顛末を知ったら黒瀬さんがまたひどい目に合うかもしれないので濁しておいた。



 大曽根さんが喜んだのは演技ではなかったらしく、休み時間のたびに花菜さんと会話をしていた。

 そして昼休みになると一緒にご飯を食べようと誘ってきた。

 しかもなぜか僕と愛瑠も一緒に食べようと誘われる。


 みんな昼食を持ってきていたので外で食べることとなった。

「いいとこあるから」と大曽根さんに連れてこられたのは学校の屋上だった。

 普段は施錠されているから今まで立ち入ったことがないところだ。

 しかしなぜか大曽根さんは鍵を持っていた。

 なんでもギャルのセンパイから代々受け継がれているとのことだった。


「しっかし九条はすごいよね。あの状況で花菜を庇えるなんて、マジすごい」

「庇ったんじゃないよ。花菜さんはそんなことしないって信じただけだから」

「え、マジ? すごくない? ウチ、誰にも信用とかされたことないし」


 大曽根さんは目を丸くして、そのあと寂しそうに自嘲した。


「そんなことないよ」

「いやマジだって。先生はもちろん、親にも信用なんてされてないし」

「僕は大曽根さんを信用してたよ」

「は?」

「昨日の件、申し訳ないけどもしかしたら大曽根さんも黒瀬さんとグルなのかもしれないと一瞬疑ったんだ。でも本気で驚いたり怒ったりしているのを見て、大曽根さんは仲間じゃないと信じたんだ」

「そ、そうなのか?」

「うん。だから大曽根さんは誰にも信用されてないなんてことはないよ。僕だけじゃない。気付いてないだけで大曽根さんを信用している人はいるんだよ」

「ないない。そんな奴いないって」


 大曽根さんは顔を赤くして否定する。

 その姿は昨日の迫力とは打って変わってずいぶんと可愛らしいものだった。


「言っとくけどボクは転校生を信じてた訳じゃないからね。むしろ疑わしい人物として監視していた結果、財布泥棒ではないと知っただけのことだから」

「せっかくいい感じになってきたのに、愛瑠さんは台無しにしなきゃ気が済まないんですか?」


 花菜さんはため息をつきながら愛瑠を睨む。


「え? なに? 愛瑠と花菜は仲がいいわけじゃないんだ?」

「当たり前だよ!」

「仲良しですよ」


 相反することを同時に答えるから大曽根さんは更に混乱してしまう。


「どっちなんだよ、九条!」

「さあ? 正直僕にもよく分からない」


 恋愛不振の僕っ娘に、クールな完璧美少女、気性は荒いけど根はいい人のギャル。そして無個性な僕。

 よく分からない四人組のランチは花菜さんと愛瑠の小競り合いを中心に盛り上がった。




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 新たな仲間も増えて賑やかになってきた蒼馬たち。

 ピンチをチャンスに変え、そして新たな人を引き寄せる。

 蒼馬の優しさは人を幸せにする力がありますね。


 新キャラの大曽根さんもなかなかいいキャラしてそうです!



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