薬師と錬金術師、サウナで出会う ③

 2週間後、『みなの湯』サウナ室。キ族の薬師ササヤと、人間の錬金術師メッツが、作った香油を手に訪れた。だが、サウナ室に集まったのは彼らだけではなかった。

「泥臭いク族のオジサンはともかく、アタクシは香りにはこだわるわよ。香木とか大好きだし」

「マタタビくせえネ族に、匂いの何がわかるってんだ!」

「ふむふむ、ネ族とク族っていうのは仲が悪いんですねえ」

「うふふ、楽しみだなあ……いい香りがするサウナなんて、ウ族の村にもなかったからね」

 狭いサウナ室に並んだ、ク族の男性、ネ族の女性、ウ族の女性(ハラウラ)、そして人間の男女(アミサとユージーン)。今回はササヤとメッツを含め、全員タオルを巻いている。

「誰にでも安らぐ権利がある……人間の好みだけを聞いても、不完全だからな。今回は種族・性別入り混じった5人で評価することにした」

「よろしくね♡」

「よ、よろしくおねがいします」

 タオルを巻いたアミサの体が目に入ってしまい、メッツは少し目線をずらす。

「では、先にササヤの方からやってみてくれ」

「わかったわ。ええっと、お客さんはワンちゃんにネコちゃんに兎ちゃん……じゃあ、これとこれと……」

 ササヤは取り出したいくつもの香油瓶から、水桶にいくつかの香油を迷いなくたらしていく。驚いたのはメッツだった。

「こ、これだけの種類の香油から、アドリブで組み合わせを?」

「ええ、ティーツリーはワンちゃんには合わないし、ネコちゃんは香木系の香りのほうが好きだし……この配合ならみんなハッピーになれるわね♡」

「へえ、さすがキ族の薬師……山のほうにも噂が届くだけのことはあるね……」

 ハラウラが鼻を鳴らしながらうなずく。キ族は代替わりのたびに記憶を引き継ぎ、同じ職業に就いていく。何百年も引き継いだ薬師としての記憶が、アドリブでの香油調合を可能にしているのだった。

「じゃあ、いくわよ。いっぱい気持ちよくなってね♡」

 ササヤは水桶から大きな柄杓で水をすくいとると、ストーブの石にあびせかけた。


 ドジュウウウウッ……。


 ストーブから蒸気がたちのぼり、たちまちサウナ室を包み込んでいく。同時に、華やかな香りが強く漂った。

「ふわあ、花畑にいるみたいだにゃあ~」

 ネ族の女性が大きく息を吸い込み、リラックスした様子で喉を鳴らす。

「これはすごいですねえ♪たくさんのお花の香りが、いっぺんに……」

 アミサも体についた水滴をぬぐいながら、思わずうっとりと目を細めた。客はみな芳醇で複雑な花の香りにつつまれ、気持ちよさそうに蒸気に身を任せる。

「そう!今回の香りは、たくさんの森の花から取った安らぎの香り……それに、一年に一度咲く私の花からとった香油を混ぜてみたの♡いい香りでしょう?」

「そうか、これは『』か!そんな貴重な素材を、惜しげもなく香油に……」

 『マンドラゴラの花』といえば、錬金術師の間では有名な高級素材だ。ササヤの言ったように一年に一度、最も活力が盛んな年齢のマンドラゴラからしかとれないものだからだ。

「いいのいいの。どうせまた作れるし。それより、メッツも楽しんで♡ほら、たくさん味わってちょうだい♡」

 ササヤは再びストーブに水をかけ、タオルでメッツにむかってあおいだ。濃厚な香りに包み込まれ、メッツはいっとき、勝負も忘れて心をとろけさせた。

(ああ、すごく良い香りだ……それに、いつもより香りが強く感じられる……)


◆◆◆


 サウナで一度アウフグース(ロウリュ)のサービスを受けた読者なら、「サウナの中ではより香りを強く感じる」という、メッツと同じ現象に心当たりがあるのではないだろうか?あるいは、逆にサウナで隣に座った人のイヤな匂いがキツく感じられたことはないだろうか?そう、サウナでは、香りや匂いが外よりも強く感じられるのだ!

 その理由は、我々の嗅覚の仕組みにある。我々(そして、このお話に登場する人間や魔族)は、鼻にある粘膜に空気中の香り成分が付着することで匂いを感じるが、サウナの中は以下のような状況のため、この現象が起こりやすくなると言われている。

 1つ目は、サウナ室内が高温高湿であるということだ。温度が高いと、匂いの成分が揮発しやすくなり、我々の鼻に届きやすくなるのだ。また、湿度が高いと、匂いの成分が空気中にとどまりやすく、同時に我々の鼻も匂い成分を感知しやすくなるのだという。部屋干しをすると匂いが気になったり、夏のほうが匂いが気になるあたり、読者も思い当たる節があるだろう。

 2つ目は、サウナ室内の空気が動いている、ということだ。熱い空気は自然と対流現象を起こし、サウナ室全体の空気を撹拌するのだ。さらに、サウナ室内は換気が意図的に行われていることも多い。対流と換気が、空気中の匂い成分を運ぶことで、鼻の粘膜に付着しやすくなる。

 したがって、「アロマ」と「ロウリュ」は、科学的に見ても相性がバツグンなのだ!ササヤは文字通り長年の経験から、このことを理解しているのだろう!

 ちなみに、もし読者の中に、サウナでのアロマを体験してみたいという人がいたら、おすすめなのは埼玉にある『おふろcafe utatane』だ。この施設は巨大なスーパー銭湯なのだが、なんと浴室の中にサウナ小屋がある!僕(作者)が行った時には、入館の際に追加で料金を払うことで、3種類ほどのアロマオイルを選ぶことができて、このサウナ小屋でのロウリュのときに水に混ぜることができた。狭いサウナ小屋に蒸気と香りが満ちる感覚を、ぜひ堪能してほしい!


(参考文献:Saunology サウナと香り https://saunology.hatenablog.com/entry/sauna-fragrance01)


◆◆◆

 

 その後、しばらく香りゆたかなサウナを堪能した審査員とメッツたちは、水風呂を経由して外気浴を楽しんでいた。

「ふふ……すごく癒やされる時間だったね……」

「おう!まだ体から花のイイ匂いがしそうだぜ!」

「いい香りだにゃあ~」

 種族も背格好もばらばらの客たちが、それぞれの好きな体勢でととのう姿は平和そのものだった。ユージーンがその様子を見て、少し笑ったように見えた。

「あ、そういえばこれ、メッツくんとササヤさんの勝負なんでしたね。大丈夫?私、現段階でめちゃくちゃ気持ちよくなっちゃってるけど」

 メッツが自分の香油の準備をしていると、アミサに話しかけられた。血行がよくなり頬に赤みがさしていて、いつもよりも美人に見える。

「だ、大丈夫です。たしかにササヤさんのはすごかったけど、こちらにも秘策がありますから」

「秘策?」

 面白そうな響きに、アミサの顔がにんまりと笑う。

「ええ、これなんですよ」

 メッツは、布がかかった桶の中身をちらりとアミサに見せた。

「こ、これは?!」

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