勇者と魔王と英雄とサウナ 前編 ⑤


「ふうーっ……気持ちいい……!」

「まさか前線で熱い風呂に入れるなんて!」

「しかもこのサウナってのは最高だなぁ、疲れがぶっとぶぜ」

 ユージーンが設置した簡易浴場とサウナカーは、兵士たちに大好評だった。水は近くの川から組み上げ、蓄熱クリスタルで沸かしたものだ。サウナのほうは、『みなの湯』にあったナストーンの鱗を半分持ち出してサウナカーに乗せている。ラクリの作った遠赤外線ストーブは、重すぎて車で牽引することができなかったのだ。

「あの『英雄』がまた戦場に戻ってきてくれるなんて、戦意が高まるな!」

「俺は騎士団を追放された身だ。このサウナが攻撃されでもしない限りは、剣を持つこともできん」

「それでもいいわ!私、あなたに憧れて騎士の道に進んだんだもの!見ていてもらえるだけでやる気がでてくるわ!」

 サウナと風呂に加えて、『英雄』がやってきたことも兵士たちを鼓舞していた。ユージーンからすれば、ここまで影響があるのは計算外だったが、今でも慕ってくれる人が多いのは少し嬉しかった。

「はーい、あと10分で男女入れ替えですからね!」

「は、入る前に水分をとってください」

 押しかけている兵士たちをさばいているのは、ユージーンが声をかけた協力者で、劇作家のアミサと錬金術師のメッツだ。

 サウナカーで戦場に乗り付けるというユージーンの案を、兵士への支援事業と関連付けるのを思いついたのはアミサで、彼女がセレーネにとりなしてくれただけでなく、戦地に同行までしてくれた。メッツは、自動車の燃料を作るために声をかけ、その際機械に興味を持ったので、あとでラクリを紹介するという条件でここについてきてくれている。

「……どうしたんですか、ユージーンさん。あっちが気になりますか?」

 平野の反対側を眺めていたユージーンにアミサが声をかけた。

「ああ……ハラウラたちは、うまくやっているだろうか……」


――


 平野を挟んだ向こうにある魔族側の陣では、ハラウラ・ラクリ・ホロンの3人が同じように魔族の兵士たちに風呂とサウナを提供している。もちろん、極限られた人間しかそれを知らない。

 彼らも同じ用に『サウナカー』を持っていっていたが、自動車が2台分間に合わなかったので、ホロンが牽引していったのだった。

 魔族側でも、浴場は大人気だった。

「毛皮のある種族は、先にシャンプーしてから入って!」

「ばか、サウナに入りすぎだよ……ほら、氷をあてて」

 入浴希望者の誘導や対応をしているのは、ハラウラとラクリ。ホロンは他の力仕事を引き受け、黙々と作業していた。

 そんな中、ハラウラに声をかける者がいた。

「あれっ!?ハラウラじゃーんっ♪なんでこんなとこにいんの?」

「……うわ」

 ハラウラはげんなりした顔をして、自分に声をかけてきた長身のウ族を見上げる。

「元気そーじゃん♪うりうり♪」

「や、やめてよ……」

 ハラウラをかかえあげ、彼女の頭をなでまわすウ族。肌の色に髪の色、そして体格にそぐわないほど豊満な胸はハラウラに自分と同じ血が流れていることを思い出させる。

「ええっと、誰……?」

 横で見ていたラクリが聞くと、ハラウラのかわりに長身のウ族が笑いながら答える。

「ああ、邪魔して悪かったね。あたしはウ族の拳闘士、ウラ・メレ・ララハだ。マ族の招集でここに来てたんだが……まさか、妹に会えるとは思ってなかったよ」

「姉さん、はなしてよ……仕事中なんだ」

 ハラウラの姉・ララハは、サウ山脈にあるウ族の集落に住んでいる。腕利きの拳闘士である彼女は、こうしたマ族による狩りが行われると率先して山を降りてきて拳を振るうのだ。

「悪い悪い。まあ、お前が里を追放される前より楽しそうでよかったよ。あの人間といっしょにいるのが良いのかな?」

「もう……相変わらずだね、姉さんも」

 ハラウラは照れくさそうに耳を伏せた。その反応が以前と変わらないので、ララハは懐かしそうに笑った。

「にしても、ウ族のサウナがここまで流行るとはなあ。この前も、里にマ族の男がサウナを見に来たぜ」

「……マ族が?」

 ウ族の里は峻厳なサウ山脈の奥地にあり、たどり着くことは容易ではない。いくらサウナが流行しているとはいえ、わざわざマ族が訪れる理由はないはずだ。

「ああ。長老サマに、サウナの歴史とか、起源とか聞いててな」

「……それで……長老サマはなんて?」

「えーっと、なあ……なんつってたっけな」

 ララハは長い耳をひくつかせながら、思い出すのに苦労しているようだった。

「もともとは何かの儀式だって話してたなあ。ほら、水は思念やら感情やらを溜め込むだろ?それで、何かに水をかけてどうにかするのが起源だったとか……」

「……姉さん、もう少し魔術を勉強したほうがいいよ……」

 確かに、水は他の物質よりも思念や感情、そして俗に魔力と呼ばれる魔術的な力を溜め込みやすい。教会の洗礼や水垢離を含め、水が様々な儀式に多様されるのはそのためである。また、サウナはウ族にとって神聖な場所、修行の場所ともされているので、筋の通る話である、とハラウラは思った。だが、それをわざわざマ族が調査していたというのが気にかかる。

 その時、遠くから、ドゴオン、と何かが爆発したような音がした。同時に地響きがそこにいた全員を襲い、空気も震えた。魔族たちは慌てふためき、『魔王』の側近たちが急いで現状の確認に走り出す。

「なあ、ハラウラ!サウナも避難させたほうがいいか!?」

「……!!」

 ラクリとホロンが声を張り上げるが、ハラウラは動かない。ララハも同様だ。

「姉さん、これ……」

「ああ、こいつはヤバいな。まだまだ遠くだが、はっきりわかる。これが……」

 マ族の側近が、物見櫓の上から叫んだ。

「『魔王』様!!ゆ……『勇者』が、『勇者』が来ます!!うそだろ、ありえねえッ!まさか、山脈を……ブチ抜く気かッ?!」

 魔族を滅ぼす銀色の彗星。『勇者』が、急激に接近していた。


異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー 

『勇者と魔王と英雄とサウナ 前編』 


「おい、ハラウラ、さっさと逃げるぞ!こんなんまともに相手できるわけ……」

 ララハはハラウラの手をとろうとした。しかし、その手は空を切った。

「ごめん、姉さん。ボクは行かなきゃ」

 氷の風が巻き上がり、ハラウラの体を宙に浮かせる。彼女の目線の先には、迫りくる『勇者』があった。

「バカっ、なんでっ、おい!ハラウラーーーッ!!」


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