勇者と魔王と英雄とサウナ 前編 ④

 ゴヌール平野の戦争が始まってからしばらくが経過した。人間国家の兵士たちは、通常よりも統率された魔族軍、そして頼りの『勇者』がなかなか現れないこともあって、士気は下がりっぱなしだった。

「……どうだ、そっちは」

「変わらねえよ。クソみてえな戦況だ」

 二人の一般兵士が、有翼魔族・ト族の空中投石から身を守る横穴の中で話していた。二人はフィン王国騎士団ではなく、近隣の人間国家から同盟により派遣された者たちだった。兵士の少なくない割合がそうした出自で、もとから士気はそこまで高くなかったのだ。

「フィン王国には『勇者』がいるから、楽勝じゃなかったのかよ」

「騎士団やフィン出身のやつらは今でもそう信じているが……自分たち以外をアテにするから、こんなことになるんだ」

 二人のうち一人が、携行食を取り出し、水筒の水で流し込んだ。

「なあ、あんたの国のヤツはみんなそれ食ってるが。ウマいのか」

「ウマいわきゃねえだろ」

 水でむせながら、携行食の兵士は心底嫌そうな顔で答える。

「ああ、早くまともな飯が食いたい……交代はまだか」

「何箇所か同時に攻め込まれてるらしいからな。かき集めても人手が足りていないらしい。こんなこと、100年前の『魔王』の時以来らしいぜ。運が悪い……」

 人間の彼らが知ることはないが、マ族は強い個体であるほど休眠に入る期間が長い。100年前の『魔王』と、今の『魔王』は同じ個体だ。

 もうひとりの兵士が中空を見上げながら、つぶやく。

「飯もそうだが……風呂に入りたいな。熱い風呂に入りたい」

「そうだな……戦場では望むべくもないが」

 そんな時。二人の鼻を、ふわりとかすめるものがあった。

「……おい、お前があんな話するから、おかしくなっただろ」

「おかしくなったとしたら、俺もだ」

「お前もか。……風呂の匂いだ」

 遠くからやってくる、懐かしい湯気の匂い。同時に、聞き慣れない何かが近づいてくる音。

「まさか……風呂が、来た……?!」


 ゴヌール平野人間国家群の後方、野戦病院や簡易的な食堂などが並ぶ一帯。そこに近づいてくるものがある。車輪のついた鉄の箱。馬のいない馬車。『自動車』と呼ばれる機械だ。

「き、貴様!何者か!何をしにきた!」

 突然やってきた巨大な機械に、現場の責任者があらわれ、目を丸くしながら駆け寄ってきた。それに答えるように、運転席から身を乗り出して、大柄な男が声を張り上げる。

「フィン王国のセレーネ姫の名において、貴君らを支援しに参った!『邪炎竜殺し』のユージーンである!」

 自動車には荷台の他に、もう一つ車が牽引されている。それはもう一つ金属でできた箱で、小さな煙突のようなものがついている。止まった自動車に、現場の責任者が駆けつけた。

「セレーネ姫様の印章を持って、かの『英雄』があらわれるとは……騎士団に復帰されたので?」

「違う。申し訳ないが、戦力として加勢することはできない。姫様が俺に任せたのは、後方支援だ。風呂を持ってきた」

「ふ、風呂ですか?!」

 責任者はユージーンの乗ってきた自動車を見るが、それらしいものは見当たらない。

「本当ならばありがたいですが、この台車が、もしかして風呂なのですか?」

「いや、風呂は自動車に格納した天幕を広げて使う。この台車は……」

 ユージーンは、べしん、と鉄の台車を叩く。

「蒸し風呂……サウナだ。こいつは、車で動くサウナ……『サウナカー』だ」


◆◆◆


 今回、ユージーンが持ってきた2つのもの――移動式の風呂とサウナ。これらは実在し、現在も活躍している!

 通常のインフラが使えない状態……例えば戦場や被災地で困難に直面している人々にとって、食料や寝床と同じように、衛生は大切なことだ。なかでも入浴は、体を清潔にするだけでなく、気分転換にもなる。水が出なくても、設備がなくても風呂に入りたいという需要を満たすために、自衛隊が持っているのが『野外入浴セット2型』だ!

『野外入浴セット2型』は、簡単に言えばどこにでも簡易的に風呂を設置できるセットで、水のタンク、ボイラー、ブルーシートのようなものでできた浴槽、そしてプライバシーを確保するためのテントで構成されている。水をタンクにくみあげ、ボイラーで沸かせば、被災地などで電気や水道が使えない場合でも浴場を作り上げることができるのだ。阪神淡路大震災や東日本大震災でも被災地に設置され、多くの被災者の癒やしとなったという。

 そして、『サウナカー』についても、もちろん実在する!

 自動車で牽引することのできる車の中がサウナになっていて、中にストーブがあるのだ。こうした分離型のもの以外にも、軽トラの荷台をサウナ室に改造しているものもある。

 僕(作者)は後者のものを、たまたま押上の大黒湯で経験したことがある。木の板でできた狭い室内は、ロウリュをするとすぐに全体が熱くなり、茶室のような不思議な感覚を覚えた。もし、ここから出た先に冷たい湖などあったら最高だろう!と、そう思わせてくれるようなサウナ体験だった。

 黄色くてかわいい有名なサウナカー、『サウナストーブ』は、東日本大震災や熊本震災の際に、有志の力で被災地に牽引されていき、そこでサウナ支援を提供したという。日常が戻ってこない中、サウナで一時やすらげたことは、被災者の大きな力になったに違いない。現在は、気仙沼の旅館でサウナとして稼働している。一度入ってみたいものだ。

参考:野外入浴セット2型(wikipedia)


◆◆◆

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