薬師と錬金術師、サウナで出会う ④

 審査員たちはサウナサイクルを終え、ふたたび舞台は『みなの湯』サウナ室。

「人間さん、さっきの香りを超えるものを作れまして?」

「俺はさっきの花の香りが気に入ってるんだ、ヘタなもんこの鼻にかがせたら、怒るぜ!」

 ササヤの『マンドラゴラの花畑の香り』は審査員となった5人の客全員に大好評だった。しかしそれでも、メッツは自信をもって自分の番をはじめる。

「では、僕もやらせていただきます……」

 メッツは、香油を桶にたらし、撹拌した後にすくって、ストーブにかける。


 ドジュウウウッ……。


 蒸気に乗って、さわやかな香りがサウナ室じゅうに広がった。

「これは……ミントだな?」

 ユージーンが目を閉じたまま、にやりと笑った。

「へえ、あの嫌な匂いの草も加減すればこんないい香りになるんだな!」

「ちょっと鼻がムズムズするけど、さっきとは違う感じでいいわねえ」

 ペパーミントの爽快な香りが、全員の体を包んでいく。しかし、それだけではない。メッツがこの香りを選んだ理由は、他にもあった。

「……あれ。ねえ……なんだか、体がひんやりするんだけど……どこか開いているかしら」

 ハラウラがあたりを見回し、窓や扉があいていないか確かめた。

「そうですね、しかも喉や鼻がすうっとします。最近ちょっと調子悪かったから、助かるなあ」

 アミサは深く息を吸って、体内の清涼感を楽しんだ。サウナ室で蒸され、体温が上がっているにもかかわらず、こころなしか涼しささえ感じる不思議な体験だ。

「ミントの香油には、肌にふれるとひんやりする効果があるの。それに、心を落ち着けたり、鼻や喉の状態をよくする効果もね。さすが錬金術師さん、いい選択ね♡」

 ササヤも緑の髪をひろげて、ミントの香りを楽しんでいる。審査員たちの反応もおおむね好評だったが。

「いやあ、気持ちいいけどよお……さっきのやつに比べると、ちょっとなあ」

「そうだにゃあ、地味というか……」

 ク族とネ族の二人が顔を見合わせている。それほどまでに、ササヤの香油は華やかで重厚な香りだった。ただ爽快なだけでは、印象をひっくり返すのは難しかった。

「これで終わりじゃないんだろう?さっきから気になっていたんだ、そのもう一つの桶」

 ユージーンが指差す先には、布に覆われた桶がある。先程、アミサに『秘策』として見せていた桶だ。

「はい……僕が持ってきたのは、組み合わせで効果を発揮する香油なんです。では、いきますね」

 メッツは細い腕で重そうに桶を持ち上げると、

「よい、しょっ!」

 一気にその中身を、ストーブにぶちまけた!


 ドジュウウウウッ!!


 勢いよく蒸気が発生し、サウナ室内が一瞬白く覆われる。客たちの肌にあたったのは、先程と同じミントの蒸気だったが、それだけではなかった。

「えほえほっ……これは、すごく熱いね……」

「蒸気が……蒸気だけじゃねえ!こんどは、体の表面が一気にポカポカしてきやがった!」

「本当だ!それにこのスパイシーな香り……メッツくん、これは一体?!」

 サウナ室の蒸気の霧が晴れると、審査員たちはメッツとストーブの方を見た。

 ストーブの上からは、未だジュウジュウと蒸気が出続けている。メッツがすでに桶をおろしているにもかかわらず。それを可能にしていたのは。

「なるほど、氷か!」

 ユージーンが膝を打った。ストーブの上に積み上げられていたのは、!ストーブの熱で溶け出し、持続的に蒸気を生み出し続けていたのだ。

「びっくりだねえ、ボクの作ってあげた氷を、こんなふうに使うなんて……」

 普通であれば、冬以外は氷は貴重品だ。冬の間に凍らせた水を、地下の氷室などに貯蔵しておかなければならないからだ。しかし、『みなの湯』にはウ族の魔術師、ハラウラがいる。メッツは彼女に頼んで、氷を作ってもらったのだった。

「しかもこれ、ただの氷じゃないわ……この香り、このぽかぽかした感覚!あれを溶かした水で作ったのね♡」

 ササヤは興味深そうに、解けていく氷を眺めていた。

「ええ?いったいなんなの、メッツくん?」

 疑問符をうかべるアミサに、メッツは桶に残った氷のひとつを手渡す。

「舐めてみてください」

 アミサはおそるおそる、解けかけの氷を舌にのせ、味わうや否や目を丸くした。

「ああっ!この味、だあ!」

「そう!高濃度のジンジャーエキスたっぷりの氷……ミントで低下した体感温度を、氷とジンジャー成分の蒸気で一気に引き上げる!これが僕の『』です!!」


◆◆◆


 錬金術師メッツの作り出した、体感温度を操る『コンボ』について、ここで解説させていただこう!

 読者の中には、サウナでロウリュをすることで一気に熱くなった、という経験がある人もいるだろう。しかし、実はそのときも、サウナ室の温度自体が急に上がったというわけではないのだ。もちろん温度も上がってはいるが、大きく変化したのは湿度……そして湿度の上昇にともない、体感温度が急上昇したのだ!蒸し暑い日本の夏を知っている者なら、湿度が高いことがどれほど体感温度に影響するか、文字通り肌で知っていることだろう。それと同じことが、サウナ室でも起こっているというわけだ。

 そして、いくつかの化学物質には、体感温度を低下させたり上昇させたりする効果がある。ミントの成分、メントールは皮膚に接触するとひんやりとした感覚を引き起こし、逆に生姜の持つショウガオールをはじめとする辛味成分は、体をぽかぽかと温める。

 メッツはこれを利用することで、最初はミントの冷感で体感温度を下げ、その後氷から溶け出した生姜水が時間差で体感温度を上げる、という『コンボ』を生み出した!

 ついでに、この氷でのロウリュというのは、水でのロウリュより熱く感じる、というのが僕(作者)の体感である。詳しい理由はわからないが、おそらく一度で掛け終わり蒸発してしまう水よりも、じわじわ溶け出し蒸発しつづける氷のほうが、より長くサウナ室に湿度を供給できるのだろう。そして固形でばらまける分、水よりも大量にストーブに置きやすいため、蒸気も大量だ……もし周囲に氷でロウリュをしている施設があったら、ぜひ一度体験してみてほしい!


◆◆◆

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