薬師と錬金術師、サウナで出会う ⑤(終)

 錬金術師メッツの『香油コンボ』を味わった審査員たちの体感温度は急上昇し、体から汗を吹き出させていく。

「うおおおっ!めちゃくちゃ熱くなってきたっ!!」

「も、もう限界だにゃ!」

「はやく水風呂に入らなきゃ!」

 審査員たちはしばらくは熱気に耐えていたものの、ネ族の女性がサウナ室を脱出したのを皮切りに、駆け出すようにつぎつぎと脱出しはじめた。全員が急いでかけ湯をしては、次の者に手桶を渡し、水風呂に順番に飛び込んでいく。

「はあ、はあ、あっつ……ち、ちなみに、水風呂にもミントの香油を入れておきました。『香油のコンボ』はサウナ室だけで終わらない……これが、僕がサウナを分析した結果です……ひぃ、もうダメ……」

「メ、メッツも早く水風呂に入って……」

 最後にサウナ室から出てきたメッツも、ササヤに手をひかれ、熱さに息を切らせながら水風呂に入った。

「ふひぃ~ッ」

「ほぉ~……」

「あ”あ”~~」

 水風呂に到達した者は、各々の腹の底からの声を漏らしながら、体内に溜まった熱気を開放していく。水風呂にたらされたミントの香油は、清涼感とさわやかな香りをもたらして、容赦なく審査員たちをリラックスさせていく。

「これは……すごいねえ……」

「確かに、初めての体感だ、これは」

 最もサウナ経験が豊富なユージーンとハラウラでさえ、体感温度が普段よりも急速に上下する感覚は新鮮で、二人そろって目を閉じて水風呂に身を任せている。

「……やばい、もう手足が冷たくなってきた。私先に出ますね」

「お、俺もっ」

「アタクシも出、に”ぁーっっ!!風が!風が冷たいに”ゃん!」

 水風呂から出た審査員たちの体に風があたると、ミント成分による清涼感が一気に増す。ネ族のつま先立ちはいよいよ激しくなり、体を震わせているものさえいる。我先にとタオルで体を拭いて、長椅子に身を投げだしていく審査員たち。メッツ自身も、以前サウアンを体感した時よりも激しく息を切らし、半ばよろけながら椅子にたどりついた。

「……」

「……あ”ー」

 客も店主も、種族も男女も関係なく、全員が一様に、脱力と恍惚の境地にあった。メッツの心臓はいつも通常の倍以上は働いて内臓に血液を巡らせ、そしてだんだんとゆるやかにペースを戻していく。

「うおっ……」

「ん……」

 1周目では涼しく感じた気温が、今はあたたかく感じるほどだ。体を通り過ぎる風の動きは、ミントの清涼感のおかげでさらに強く感じられる。

 そうしてその後に、ととのいがあった。


「うおっ、うおあーっ」

「にゃあ~~……」

 普段はいがみ合っているク族とネ族の二人が、並んで舌を出しながら喉を鳴らしている。

「あー、もう、いいや、ぬいじゃお……」

「……やめてください……」

 捲れていくままになっているアミサのタオルを、メッツが力なく戻す。

「いやあ、これは、まいったねえ……」

「……むむ……」

 ユージーンの大きな体に、椅子にたどりつけなかったハラウラがもたれかかっている。誰も動かない。時折魔族たちの鼻や耳、人間の足が痙攣するように動く以外は。事情を知らない者が見れば死屍累々といった様子だ。

「……そういえば、どっちの勝ちなんですか……」

 メッツは深く長い息をしながら、ユージーンに尋ねた。

「……どっちもでいい……いいだろ……?」

「私は……それでいいわ……」

 頭の葉をだらしなく広げて宙を見ながら、ササヤがなんとか答える。

「僕も……」

 メッツも、目を閉じて快感に飲まれながら、そう漏らす。

「じゃあ、それで……」

 そういうことになった。

 

 

 しばらくして、全員の意識が戻ってくると、ユージーンとハラウラが人数分の水を持ってきた。

「いやあ、なんかすごいことになったにゃあ」

「あんなにグワーっときたのは初めてだぜ!」

 結局サウナのととのいで勝敗は有耶無耶になったが、参加者たちは未知のサウナ体験を経て奇妙な一体感を覚えていた。ク族とネ族の二人が、水分補給をしながら興奮気味に話している。

 コップに入れた水を配りながら、ハラウラはユージーンに尋ねた。

「よかったのかい、あんな適当な終わり方で……」

「ああ。もとより、勝負というわけでもないんだ」

 ユージーンはハラウラからコップを受け取り、並んで座る。

「一度、やってみたかったんだ。種族や性別関係なく、サウナをいっしょに楽しむのを……」

 ユージーンの視線の先には、談笑する客たちの姿があった。


「……それで、この製法を使えば、もっと純度の高い香油が作れると思うんです」

「すごいわね♡こんなの考えたこともなかったわ!」

「ねえ、それならマタタビの香油を作れないかしら?」

「俺は肉がいいな!肉の香りが一番好きだ!」

「ええーっ、そんなのムリでしょう?」

「……いや、できなくもないかも……肉の油脂を使えば……」

「マジかよ?!」

「おバカねえ、それならもうストーブでお肉焼いたらいいにゃん」

「私はソーセージがいいなあ」

「あらあら、それならローズマリーでもいっしょに焼く?」


「……そうだね。いい『ロウリュ』だった」

「『ロウリュ』?」

 ハラウラが使ったのは、ユージーンにとっても耳慣れない言葉だった。古いウ族の言葉で、石に水をかけて起こる蒸気『ロウリュ』というが、皆で集まってそれを楽しむ事も『ロウリュ』と言う、とハラウラは言った。

「そうか……そうだな、いい『ロウリュ』だった」

 ユージーンの表情が、その言葉の不思議でやわらかな響きに、少しほころんだ。

「またやろう」

「うん、またやろう」


 その後、キ族の薬師と人間の錬金術師は、協力して様々な薬品を作り出し、多くの人間と魔族が救われることになるのだが――それはまだ先の話。

 ついでに、『ロウリュ』の噂が口コミで広がり、『みなの湯』にはこれまで以上にたくさんの客が来るようになるのだが――これはほんの少し先の話。


 『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、小さな魔族が営むやすらぎの場所。人間も魔族もやすらぎの蒸気で包み込み、今日も営業を続けている。


異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ―できれば水風呂と外気浴スペースもつけてください―

『薬師と錬金術師、サウナで出会う』 終

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