暗殺司祭、サウナを視察する ①

 フィン王国、王城の礼拝堂。時刻は深夜。灯火クリスタルを消し、ロウソクの明かりのみが揺れる室内で、国王は一人の男と話していた。

「サウナというものを、聞いたことがあるか?」

 国王が男に切り出す。

「いいえ」

 男は答えた。闇に浮かぶ彼の表情は、生気が感じられない。

「最近、国民の間で噂になっているそうだ。公衆浴場のようなものだと」

「……」

 男は答えない。

「サウナとやらは、裸を外に晒し、怠惰をむさぼる、淫猥で堕落した行いだ。そして、噂の施設ではそれを人間だけでなく、魔族にも提供しているという。為政者として、余はこれが民衆に悪影響を与えないか、いささか気がかりだ……君の立場では、どうだ?」

 国王が述べると、ロウソクの火がゆれて、男の姿を照らした。男は、教会の司祭の服を着ている。首にかかった聖具の示す位階は、大司祭。未だ青年といえる外見の男には、不釣り合いな高位だった。

「『禁欲』そして『魔族との関わらぬこと』……教義にもとる行いです。民に広まるのはよろしくないかと」

「そうだろう」

 国王は頷き、男の耳に顔を寄せた。

「では、処理は任せたぞ」

「承知しました」

「よろしい。『世に教えの光あまねく』」

「『あまねくあらんことを』」

 男は国王とともに聖句を唱えてから、深く礼をして礼拝堂の闇に戻っていく。幽鬼のような姿だ。司祭の服がなければ、誰も聖職者とは思わないだろう。

 ロウソクの火がうつしだす背中に、国王は「そういえば」と彼を呼び止めた。

「そのサウナの店主は、あのユージーンだそうだ。お前、面識があっただろう?」

「はい」

「面識の内容は?」

「過去、魔族討伐の任において共闘しました」

「処理に支障は?」

 そこで男は振り返り、無表情を崩さずに言った。

「ありません。何人が相手であろうと」

 男の名はクラウス。教会の聖職者で、異例の若さで大司祭の地位についた。魔族討伐の任において、奇跡(教会所属者の行う魔術をこう呼ぶ)と医療の卓越した技術、及びそれらを使って後方支援を行った功績とされているが、実際にはそれだけではない。

「命にかえても、殺します」

 異教徒・背信者・教会の妨げになるあらゆるものを秘密裏に処理してきた『異端審問官』。それが彼の裏の顔。事情を知るものからは、こう呼ばれる。

「頼んだぞ、『』」


――


 月のない、雲の多い夜だった。ユージーンは、『みなの湯』の掃除をしていた。ここのところ魔族・人間ともに利用者が増え、掃除や対応に追われることが多くなってきた。そろそろ他にも従業員を増やさなければいけないかもしれない、などと考えながら掃除をしているうちに、すっかり夜も更けてしまった。

「まいったな……」

 まだ薪割りの業務が残っているというのに、ハラウラとの入れ替わりの時間が近づいていた。施設の外に出ると、店から漏れる明かりだけが、わずかに薪割り場の周囲を照らしている。

 そんな中、一人の男が近づいてくるのがわかった。

「いらっしゃい……」

「こんばんは、ユージーンさん。私のこと、覚えてますか?」

 細身の青年がにこやかに、ユージーンに話しかける。ユージーンは少し面食らったが、まじまじと彼の顔を見て、思い出した。

「……お前、クラウスか?」

「はい。ガダラ平原の討伐の折はお世話になりました」

 クラウスは礼儀正しく頭を下げ、にこやかに微笑む。

「ユージーンさんが何やら商売をやっていると聞いたので、見に来たんです。サウナというのに、私も入っても?」

「ああ、もちろんだ。生きて顔を見せてくれただけでも、俺はうれしい」

 ユージーンは珍しく相合を崩し、クラウスに背を向けて店に向かう。

 次の瞬間、ガキン、と硬質な音がして、ユージーンの首元に火花が散った。薪割りに使う粗末な斧の刃が、クラウスの短剣を受け止めたのだ。

「……よく受けましたね。一撃で済ませるつもりだったのですが」

「お前から、聖職者の使う香の匂いがした」

「なるほど。では私が来た理由もおわかりですね」

 クラウスは飛び退き、再び短剣を構える。

「……うれしかったんだぞ、俺は。本当に」

 ユージーンも斧を構える。

「魔族と交わる者、元『英雄』ユージーン。審問を開始します。『世に教えの光あまねくあらんことを』」

「くそったれ!」

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