ラクリとホロン、サウナに加わる ④(終)

 しばらくして、ついでに軽く清掃と石の点検を終えたストーブが、サウナ室に戻される。ナストーンの鱗を熱源にして石が温められていく。

「やっぱりそうだ。この方式だと、石が温められるまで時間がかかるぜ。遠赤外線ストーブなら、スイッチを入れればすぐなのに」

 確かに、ナストーンの鱗が高熱を発しているとはいえ、石の全てに熱が回り切るまでには時間がかかるようだった。ユージーンは、ラクリの言葉にうなずきながら、水をストーブにかける。


 ドジュウウウウッ……。


 瞬間、部屋の中に熱い蒸気が満ちる。ユージーンたちの背中や顔を包み込むように、対流した熱気がゆっくりと降りてくる。

「……うん、やっぱりボクは、こっちのほうが馴染みがあるな……水をかけるというのは、魔術的にもとくべつなことだからね、一種の祈りというか……思いを宿すというか……」

 ハラウラが耳をひくつかせながら、軽くうつむいて蒸気を背中に受ける。ホロンは頭の位置がどうしても高くなりすぎるため、3人の対面の席で横になっていた。

「ラクリ、お前もやってみたらどうだ。ロウリュ」

「ああ、やってみるよ」

 柄杓と桶を渡されたラクリは、水をすくい取って、熱された石にかけていく。水が石にあたり、蒸発していく音。石の間で沸騰した水があげる、細く甲高い鳴き声のような音。また一段室内の温度が上がり、その変化を肌で感じる。見えない熱気の塊を、背中に感じる。

「違いがわかるか?」

 ユージーンの言葉に、ラクリは目をつむったまま答える。

「……全身がやわらかく温められる。これはストーブの仕組みの違いだろうな。あとは……ロウリュの音と、温度の変化……」

「そう。たしかに体を温めるだけなら、非効率的な手順かもしれないが……その手順のおかげで生まれているものもあるんだ」

 ふたたびサウナ室に静寂が戻る。


◆◆◆


 物語で一同が体験したように、遠赤外線ストーブの場合、空気が熱くならないので、石のストーブと違ってサウナ室内の温度は全体的に低く、比較的長い時間入っていることができる。

 しかし、空気の温度が上がることは、決してデメリットではないのだ!体を熱気が包み込めば、全体がまんべんなく温められていくからだ。これは、直線的な熱の放射しかできない遠赤外線ストーブに比べて、石のストーブにしかない特徴だ。

 また、遠赤外線ストーブは比較的温度を一定に保ちやすいという特徴もあり、サウナ室内の温度は管理しやすくなるだろう。一方で、ロウリュをすることで、体で室温と湿度の変化を味わうことができるのは石のストーブの魅力でもある。

 つまり、どっちもそれぞれ良いのだ!個人のサウナの入り方や好きな温度によって、石ストーブと遠赤外線ストーブのどちらが好みかは変わってくるだろう。そしてもちろん、この2つを両方搭載していいとこどりをしている施設もある!

 僕(作者)は蒸気の感触が好きなので石ストーブとロウリュのほうがお気に入りだが、最も普段遣いしている銭湯サウナ・渋谷『改良湯』では遠赤外線ストーブで焼かれている。どちらも違う熱の質感を感じることができて良いものだ。

 ちなみに、池袋『かるまる』などで体験できる薪サウナは、中で燃えている薪の焚き火の輻射熱が遠赤外線ストーブと違って指向性が弱いため、部屋全体にまんべんなく熱が放射されており、石ストーブとも遠赤外線ストーブとも違ったサウナ体験が楽しめる。機会があれば、ぜひ体験してみてほしい!


参考文献:

サウナと熱 熱の種類(https://saunology.hatenablog.com/entry/sauna-heat01)

遠赤外線サウナについて考えてみよう(https://saunology.hatenablog.com/entry/sauna-heat04)


◆◆◆


「ホロンの言う通りだったな。悪かったよ、石ストーブのことバカにするみたいに言って」

 外気浴で風を受けながら、ラクリはユージーンに言った。彼は長椅子のかわりに、ホロンの腹の上に横になっている。

「いや、いい経験だった。サウナの可能性が、これで一段広がった気がする」

「そうだね……ホロンやほかのク族みたいな、毛皮のあつい種族でもすぐ温まれるストーブなんて、はじめてだし……」

「……♪」

 4人の見上げる空は少しずつ日がかたむきつつある。夕方の風が、それぞれの肌に心地よかった。

「思えば、今まで色々な相手から、サウナの新しい可能性を教えてもらっていたな……」

 ユージーンがつぶやく。香油で香りを良くすること、みんなで集まってロウリュを受けること、そして今回、新しいサウナのあり方を知った。

「ラクリ、お前の機械づくりももちろんだが……物事を変えていける考え方は、俺にはないものだ。ホロンといっしょに、協力してくれないか」

「もちろんだ、何でもするぜ!な、ホロン」

「……!!」

 居場所がみつかったことに喜ぶ二人。彼らも元いた群れを追放されてきた身だ。ユージーンもハラウラも、それぞれの居場所にいられなくなって、『みなの湯』をはじめた経緯がある。誰にでも安らぐ権利があるのだ。たとえ追放されても、周囲に馴染めなくても、サウナが全てを受け止めるように。

「よかったじゃないか、主人。ずっと先になるかと思っていたけど、これだけぴったりの人材が揃えば」

「ああ、願ってもない。アレをやろう」

「アレ?」

 聞き返すラクリに、ユージーンはにやりと笑って答える。

「『みなの湯』大改装計画だ」


 『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、小さな魔族が営むやすらぎの場所。新しい仲間を加え、ついに誰もが安らげる場所を目指した改装が始まる!



異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ―できれば水風呂と外気浴スペースもつけてください― 

『ラクリとホロン、サウナに加わる』 終

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