人間と魔族の姫、サウナを愛でる ①

「はあ、疲れましたわ……」

 フィン王国国王の末娘、セレーネは、私室でひとりため息をついていた。早朝からの謁見と要人との会食を終えた彼女は、ようやく緊張から解放され、服を脱ぎ捨てて大きなベッドに寝転んだ。

 『みなの湯』でサウナを体験して以来、人目につかない場所ではほとんど裸で過ごしているセレーネ。それからもちょくちょく息抜きに『鍵の腕輪』を使ってサウナに行っていたのだが、ここ一ヶ月は改装中ということで、繋がらなくなっていたのだ。何か他の気晴らしをしよう、アミサでも呼んでお茶にするか……などと考えていると、自室の扉の下から一通の封筒がすべりこんできた。

 封蝋も何もないそれを手に取ると、隅に小さく『みなの湯』と判が押されていたので、セレーネは中の紙を取り出す。


▲▼▲▼ サウナ&スパ みなの湯 新装開店のお知らせ ▼▲▼▲


 日頃『サウナ&スパ みなの湯』をご愛顧いただき、ありがとうございます。

 本日、谷月の12日、当店は設備を一新し、新装開店いたしました。

 従来のサウナに加え、さらに充実した水風呂と外気浴スペース、新たに設けた男女共用スペースの大型サウナやジャグジー、そして館内の休憩スペースでお楽しみいただける飲食メニューの追加など、お客様の疲れを癒やし、明日の活力となるため、全体に大幅な改良を加えております。

 新装開店記念に、こちらのチラシをお持ちいただいた方について、入館料を無料とさていただきますので、ぜひお越しください。


「新装開店ですって?!これは行かなければですわ!」

 セレーネは服を急いで身につけ、荷物をまとめて『鍵の腕輪』を使い、るんるんで『みなの湯』へと入っていった。


「いらっしゃいませーー!」

 セレーネを元気よく出迎えたのは、見知らぬ小さな店員だった。ネコのような外見をした魔族で、『みなの湯』と書かれた薄手のシャツを着ている。腰には重そうな工具が入ったベルトが見えた。

「ええっと、こんにちは。今日は入浴なのだけれど……店主の方はいらっしゃるかしら?」

 魔族の店員は、セレーネの身につけた『鍵の腕輪』を見て得心がいったようで、すぐに大きな声で店主を呼びに行った。少しして、ユージーンがカウンターの裏手からのしのしとやってきた。

「姫様じゃないか。こんなにすぐ来てもらえるとはな」

「ごきげんよう、ユージーンさん。改装が終わったというので、飛んできましたの。最近は街にもサウナ施設ができているようですが、私はお忍びでも行けませんもの」

 セレーネのあとからも、チラシを持った人間や魔族がぞくぞくと来店し、魔族の店員がそれをてきぱきとさばいていた。

「それで、こちらの方は?」

「ああ、ネ族のラクリだ。今までは改装の準備に回っていたが、今日からは接客も担当している……もうひとり、ク族のホロンというヤツも増えた」

「まあ、そうなんですのね。確かに、最初に来た時と比べると、ずいぶん人気になっていらっしゃって」

「ありがたいことにな。俺も仕事があるから、案内はハラウラにさせよう。じゃ、ごゆっくり……」

 ユージーンはそれだけ告げると、忙しそうに室内に引っ込んでいった。

 さっそく更衣室に入ると、入り口にはサイズ別の館内着が入った袋が並んでいた。「極小」「小」「中」「大」「極大」「翼穴あり」など様々なサイズが揃っている中から、「小」の袋を手に取り、大小様々な棚のようなものが並んでいる一角に向かう。ロッカーというらしい。鍵穴に『鍵の腕輪』を差し込むと、戸が開いた。

「ほぉーっ、なかなか立派になったもんじゃのお」

 セレーネの隣のロッカーを使った女性は、あたりをきょろきょろと見回しながら、ロッカーの中に服を放り込んでいく。彼女の腕にも、『鍵の腕輪』があった。

「お、なんじゃ。貴様も『腕輪』持っとるのか?いいよなぁこれ。他の客の貸し出し用の腕輪と比べると、トクベツ感もあるし」

 人懐っこい笑顔を見せる女性に、セレーネも軽く答えて微笑んでみせる。彼女の頭にはねじれた角が生えており、身長はセレーネよりも少しだけ高い。薄青いような黒いような、不思議な色合いの肌をしている。

(アミサが言っていた、山岳地方のヤ族の人かしら……言葉遣いも独特だし、腕も足もお腹も狩人のようにひきしまっているし、きっとそうね)

「ワシ、ショチト。貴様は?」

「セレーネです」

 互いに裸で名乗り合っているところに、馴染みのある声が聞こえた。

「セレーネ、来てくれたんだね……うれしいよ。それに、ショチトも。常連がいっしょにいてくれるなんて、案内する手間がはぶけたよ……」

「ハラウラ!ひさしぶりですわね!新しい服、似合ってますわよ」

「来たなウサ公、さっそく案内してくれ!ワシははやくサウナに入りたくてウズウズしとるんじゃ!」

 現れたハラウラは、ユージーンやラクリとおそろいのシャツを来て、二人を出迎えた。服をほめられると、照れくさそうに耳を倒した。

「それじゃあ、新しくなった『みなの湯』を、ごあんないしよう……水着を持って、ついてきてね」

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