人間と魔族と英雄とサウナ ②

 ユージーンがひととおりサウナの入り方……サウナ→水風呂→外気浴のサイクルを説明した。

「体を温めるのは、まあわかる。だが、水風呂というのは、一体どういう了見なのだ。魔族の文化は理解できぬな」

 国王は至極もっともな疑問を呈し、それにはセレーネが応えた。

「お父様、水風呂はすごく良いのですわよ!全身がぎゅーっと引き締まって、頭の中まですっきりするし……そのあとの外気浴がとても心地よいのですわ!」

 娘がうれしそうに説明するので、国王はいささか信じられないという表情をしたが、それ以上言うことはなかった。

「国王陛下。このサウナにあるのは、何も魔族の文化だけではありません」

 ユージーンがストーブに水をかけつつ、窓の外を示した。

「もちろん、サウナ小屋は魔族……ウ族古来のものを再現しています。しかし、外の大水風呂『プール』は、人間の王族や貴族が行っている夏の行楽を模して作ったものですし、あそこのシャワーは技術者たちの進歩の賜物である機械を採用しています。そしてもちろん、このように大量の水がいつでも使えるのは、近くの川から引いているからだけでなく、水道の設備があってこそです」

「うむ、そうだろう。まずもって、入浴という行為そのものが、人間の生み出した文化の極みだからな」

 国王は、教会とともにフィン王国の公衆衛生政策を推し進めた当事者でもある。

「まあ、そうじゃのう。蛇口をひねれば水が出るというのは、ワシも初めてみたときは衝撃的じゃった」

 ショチトが身をそらし、全身に蒸気を浴びながらつぶやいた。

「『みなの湯』ができてから、魔族の中でも水道設備に興味をもったり、風呂やサウナに入りたがるやつが多くなってきたと聞いておる。まあ、我が同胞には依然理解されないが……」

「同時に、人間の側にもサウナが広まっていますわよ。街にも数件、新しい施設ができましたの」

 そんな話をしていると、蒸気とともに爽やかな香りが降り注いだ。先程かけた水に、香油がまぜられていたのだ。

「良い香りでしょう?私が、皆さんに香油を風呂にたらすのを紹介しましたの。そうしたら、人間の錬金術師さんと、魔族の薬師さんが、サウナ用の香油をつくってくれましたのよ」

「ほう。人間と、魔族が……」

 国王は、目を閉じて香りを楽しんでいるようだった。この香りには、心を穏やかにしてリラックスさせる効果がある、と以前キ族の薬師……ササヤが言っていたので、セレーネの希望で選んだものだった。

 静かなサウナ室に、ときおり蒸気の音が響く。全員の体に玉のような水滴が浮かんだころ、ユージーンは国王たちを水風呂へと案内した。

「体の汗を流していただいたら、水風呂にお入りください。一番上がもっとも冷たく、下にいくにつれてぬるいものになりますが……」

「うひょーっ!やっぱこれじゃのう!」

 尻込みしている国王の前をショチトが通り過ぎ、躊躇なく一番上の冷たい水風呂に入った。熱気のこもった息をはきながらも、挑発的な目で国王を見ている。

「……なんだ貴様、その目は」

「いやー?別に?老人の心臓にはこの水風呂はキツいじゃろうなあ、と心配しておっただけじゃが?」

「このっ、魔族ふぜいが……」

「おやめください国王陛下。ご自身の体調にあわせたものが一番です」

「そうですわお父様、こっちの水風呂も気持ちいいですわよ!」

 意地を張る国王をなんとか2段めの水風呂に入れ、ユージーンたちも体にこもった熱を解放した。

「む……ふう。冷たい、が……」

「少し待っていれば、体のまわりに『羽衣』ができて、いい温度になりますわよ」

 初めてセレーネが水風呂に入った時のように、そう教えながら、4人は水風呂の冷たい感触を楽しんだ。

「この、浴槽の段差……腰掛けやすいな。城の風呂でもこんなものは、みたことがないが」

「これは、男女や種族を問わずに使えるように、特注で作らせたものです。結果的に、どんな身長や体格の人でも、気持ちよく使えるようになりました」

「なるほど……これもまた、人間と魔族がともに過ごす場所ならでは、ということか……」

 しばらく水風呂を楽しみ、吐く息が冷えるほどしっかり体を冷却したあと、全員で外気浴スペースに向かう。

 体を拭いて、国王は簡易的なマットレスのついたデイベッドに寝転がった。他の3人も、思い思いに体を横たえ、あるいは椅子にすわって、ゆるやかに動く外の空気に身を任せる。

「ふむ…………」

 国王はゆっくりと目を閉じ、外気浴を味わっているようだった。静かな空間に、風に木の葉が揺れる音と、水の流れの音だけが聞こえる。

「…………悪くない」

「ええ、そうですわ……お父様、いつもお疲れですもの。たまには、こういう日があってもいいわ……」

「まあ、そうだな……」

 ゆったりとそんな会話を楽しむ親子を見ながら、ショチトは小さく、

「いいのう」

 とつぶやいた。

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