人間と魔族と英雄とサウナ ③


「やっぱり、『みなの湯』のサウナは素晴らしいですわね……」

 2度めの外気浴を堪能しながら、セレーネが気持ちよさそうに言った。

「人間と魔族の文化の融合……どうして、今まで誰も行おうと思わなかったのかしら」

 国王は娘の言葉に、ちらと彼女のほうを見てから、ため息をつきつつ答える。

「……魔族に文化があるなど、我々は考えてこなかった。いや、考えないようにしてきた」

 その声には最初に出会ったときと違い、馬鹿にするような調子はなかった。ショチトは、黙って聞いている。

「でも、種族が違っても、言葉が通じるではありませんか。話をすれば、きっと」

「人間国家が同盟を結び、対魔族以外の戦争がここまで少なくなるのに、気の遠くなるような年月がかかったのだ。種族すら違う者たち、それも人間の天敵と、どうして穏やかに話ができようか」

「そんな……」

 セレーネも、今日に至るまでの歴史については勉強していたが、それでも当事者である国王の台詞には、重みがあった。

「それには、同意見じゃな」

 ショチトが閉じていた口を開いた。

「……貴様らのいう魔族全体には、人間を襲い、食らう本能がある。今でこそ、これまでの長い戦いの中で、比較的本能の弱い個体が生き残って、人間と穏やかに話せる者も増えたが……それでも、ワシらマ族が定期的に『人間狩り』を主催して発散してやらんと、無秩序に人間を襲いかねん。セレーネ、貴様がここで見ている魔族だけが、全てではないのじゃ」

 普段の考えなしな様子とは違う、魔族の首長としてのショチトの様子に、セレーネは自分の考えの甘さを認識した。そして、おずおずと彼女に聞いた。

「ショチトさんも、私を、その、食べたい、と……?」

「バカいうんじゃないわい。ワシはそのへんのやつらとは違うのじゃ。……違うからこそ、こうして一人、おめおめと生き残っておる」

 外気浴スペースに沈黙が流れた。

「……皆様、よろしいでしょうか」

 そこに、ユージーンの低い声が響く。

「サウナ小屋にて、アウフグースの用意ができました。ぜひ、ご参加ください」


 サウナ小屋の中に一行が戻り、席に腰掛けると、ユージーンが前に進み出て、タオルを手に頭を下げた。

「アウフグースとは、ストーブに水をかけ発生した蒸気を、熱風で皆様に送る、『みなの湯』が元祖となるサウナの楽しみ方です。まずは蒸気――ロウリュの音と、香りをお楽しみください」

 ユージーンが桶から香りのついた水を柄杓ですくいとり、軽くかき混ぜた後、ストーブの石にかける。やわらかくも激しい蒸発音とともに、熱い水蒸気が立ち上る。


 ドジュウウウウッ……。


「ああ、最高じゃのお……」

「ああ、気持ちいいですわね……」

「うむ……」

 蒸気が小屋の中に充満し、天井のほうから熱気が降りてくる。3人は肌で熱気を感じながら、香りと音を堪能する。

 十分に全体があたたまったあと、ユージーンはタオルの端を両手で持ち、構えた。

「それでは、アウフグースをさせていただきます。体感温度が上昇しますので、ムリはなさらないでください。では」

 洗濯物を干す前のように、両手にタオルを持ったまま、3人の正面で振りかぶり……そして、勢いよく振り下ろす。ドパン、と小気味よい音を立てて、タオルが孕んだ風が3人に叩きつけられる。

「うおっ?!なんじゃ、急に熱く……」

 つづけて、部屋全体を撹拌するように、タオルを中空で振り回す。そしてまた、タオルを広げて振り下ろし、熱風を送り込む。

「こ、これは、すごいですわね……」

 急激に上昇した体感温度に、汗が吹き出す。セレーネは耳がいたくなり、思わず手でおさえた。

「……体をかがめ、背中で蒸気を受けるようにすると、慣れるまではちょうどいいかと思います。では、もう一回蒸気を……」

 ドジュウウッ、とさらなるロウリュが行われ、室内の体感温度はさらに上昇。そこに、タオルによる撹拌がおこれば、セレーネやショチトも感じたことのない熱だった。

「ぐおおっ、これはキツいのじゃ!」

「お、お父様、大丈夫ですの?」

「ああ、むしろクセになってきたぐらいだ……」

 国王はショチトを横目で見ながら、多少やせ我慢をしているようだった。3人の正面から、タオルによる熱風が襲いかかる。セレーネはそのたび、ぶわっと発汗がおこるような気さえした。

「ああ、もうムリですわ!お先に!」

「わ、ワシもじゃ!」

「では……」

 セレーネがついに席を立ったのを皮切りに、3人はいっせいに水風呂へと向かっていく。体感温度が劇的に上昇したあとの水風呂の効果はすさまじく、3人ともつかっているうちに恍惚の表情になっていった。ユージーンは何度か国王と食事などをともにしたこともあったが、国王のそんな表情を見るのは初めてだった。

 そして、3度目の外気浴の時間が訪れる。

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