人間と魔族の姫、サウナを愛でる ⑤(終)

 3つの水風呂とサウナを堪能したセレーネとショチトは、館内着に着替え、建物の2階につくられた休憩コーナーへと向かう。低い机の並べられた広間に、すでに何人かの人間や魔族が思い思いに座ったり、ごろ寝したりしていた。

 ハラウラに案内された通りに、机においてあるメニューをめくりはじめるショチト。

「ワシ、この『オーロラポーション』ってやつにしようかのう。あと、『羊のロースト』」

「あら、お酒じゃないんですのね……では、私はこの『湯上がりアイスコーヒーセット』の『チョコレートケーキ』で」

「貴様こそ、腹減ったと言ってたのに甘味か?」

「あまりお腹をいっぱいにすると、夕食が食べられなくてお父様やお母様に心配されますもの」

 机の隅には注文を記入する紙があったが、ショチトは字が書けないというので、セレーネがかわりに書いて、飛んできた使い魔に持たせた。飛んでいった先では、大柄なク族の娘が調理の腕を奮っているのが見える。

「二人とも、楽しんでくれてるみたいだな」

 注文を待つ間、ユージーンがやってきて、二人に声をかけた。

「おう、サウナも水風呂もすごかったぞ!」

「はい、堪能させていただきました……疲れもどこかへ飛んでいったみたいです♪」

「それはよかった。だが、『みなの湯』はもっとすごくなるぞ」

 ユージーンが珍しく満面の笑みを浮かべ、休憩スペースを見回した。

「今は人手と予算の都合でここまでだが、まだまだいろんな設備のアイデアがある。水棲魔族も入れるミストサウナ、水じゃなくて冷気で体を冷やす冷却室……やりたいことは沢山あるんだ」

「ユージーンさん、サウナの話になると、本当によくしゃべりますのね」

「本当じゃな。こいつ、サウナ以外はなんも考えとらんのじゃないか」

「む……そんなことはないが……まあ、楽しんでいってくれ」

 背後から彼を呼ぶ声が聞こえたので、ユージーンは急いで立ち上がりそちらへ向かっていった。使い魔で補ってはいるものの、改装初日で客も多く忙しそうだ。そこに、ちょうど料理と飲み物が運ばれてきた。

「あら、意外とちゃんとしたケーキですのね。あの子が作っているのでしょうか、大きいのに器用なこと……」

 ケーキを上品に口に運ぶセレーネに対し、ショチトはがぶがぶとジョッキの飲み物を飲み干す。

「『オロポ』が汗をかいた体に沁みるのう~」

 周囲には、酒盛りをして騒いでいる一団もいる。セレーネは、大人は酒を飲むものだとおもっていたので、少し申し訳無さそうにショチトに言った。

「……本当に、お酒でなくてよかったのですの?私が飲める歳でないからといって、遠慮などしなくてもよろしいのに」

 ショチトはそう言われて少し怪訝な表情をしながら、羊肉にかぶりつく。

「あー、いいんじゃよ。ワシら、酒では酔わないし。基本、刺激とかに強いんじゃよ、魔族は」

「そういえば、水風呂でもサウナでも、随分平気そうな顔をしていらしたものね」

「うん。……強いというより、鈍いってことかのう。人間の娯楽はあまりおもしろく感じないし、メシも美味いは美味いが、そうそういい気分にはならんのじゃ。難儀というか、もったいないというか……」

 羊肉に備え付けの香辛料をたっぷりと振りかけて、再びかぶりつくショチト。

「だから、強い水風呂と強いサウナでガーっとととのうと、ようやくいい気分になれるんじゃ。これと同じぐらいいい気分になるのは、狩りの時と交尾の時ぐらいかのう」

「こ、こう……」

 セレーネはあけすけな物言いに顔を赤らめた。

「でもワシ、狩りはあんまり好きじゃないんじゃ。母上からは呆れられるがのう……」

「わかりますわ。たまに父上に連れられて出かけますが、何が面白いのだか……」

「じゃよなあ。同じ汗にまみれるなら、サウナのほうがよっぽどいいのじゃ!」

「違いないですわね!」

 ショチトの境遇に親近感を覚えつつ、二人は話に花を咲かせる。

 その後も、腹がこなれたころにサウナに戻ったり、休憩スペースで居眠りをしたりして、二人はたっぷりと『みなの湯』を楽しんだ。


「あら、もうこんな時間ですわ。アミサと口裏をあわせてお勉強していることにはなっていますが、そろそろ戻らないとさすがに……」

「おー、ワシもそろそろ帰ろうかのう。今日は楽しかったのじゃ、セレーネ!」

「ええ、またぜひここでお会いしましょう!」

 疲れを解消し、つるつるの肌になった二人は、さっぱりとした気分で『みなの湯』を後にした。出口の扉から、『鍵の腕輪』で、それぞれの居場所に戻っていく。セレーネがふと振り返ると、店の奥ではユージーンたちをはじめとして、店員たちが忙しそうに、それでいて楽しそうに店を切り盛りしていた。

 セレーネは、以前ユージーンが言った『誰にでも安らぐ権利がある』という言葉を思い出していた。人間も魔族も、サウナの中では平等に安らぎを享受する。平和な光景だった。

(本当に、良いところ……魔族も人間もいっしょに楽しめて。この平和が、世界じゅうに広がればいいのに……)

 サウナを楽しむショチトという新しい魔族の友人もできた。また時間を見つけて来よう、こんどは美味しいお菓子でも差し入れに。そう思いながら、セレーネは城に帰っていくのだった。


 『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、魔族たちが営むやすらぎの場所。人間も魔族もやすらぎの蒸気で包み込み、今日も営業を続けている。

 さらに大きな施設になった『みなの湯』は、いっそう全ての者に癒やしと安らぎを届けていく――。


◆◆◆


「どこに行っていたのだ、ショチト」

 ショチトが『鍵の腕輪』を使って帰り着いたのは、どことも知れぬ廃城の中。目の前には、彼女の母が苛立たしげな表情で立っていた。

「サウナじゃ、サウナ。いいじゃろ、別に」

「またそれか。全く、我が娘ながら呆れる。『狩り』以外にそこまでうつつを抜かすなど、種族の名折れよ」

「そっちこそ、また同じ話じゃ。ワシはもう寝る」

 ショチトのほうも苛立たしげに角をかきむしって、ずんずんと城の奥へ進んでいく。

「待て、ショチト。何か、背中についたままだぞ」

「ああ、そうじゃった」

 『みなの湯』で配っている札は、皮膚に貼り付けることで魔力の流れを封じ、入墨や体の模様を隠すもので、ショチトのような強い魔族には、館内でつけることが義務づけられている。

 母に指摘され、ショチトは背中と腕に貼っていた札のようなものを剥がした。札の下からは、禍々しい文様と鱗が現れる。

「まったく、種族の誇りである魔力と鱗を隠してまで遊び惚けるとは。お前は――」

「わかっておる、わかっておる」

 ショチトは肩をすくめながら振り返る。その目は黒く、金色の瞳がぎらりと輝いた。

「『魔王の娘なのだから、自覚を持て』じゃろ。わかっておる、気乗りはしないが……次の『人間狩り』は、ちゃんと参加するからのう」


◆◆◆



異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ―できれば水風呂と外気浴スペースもつけてください―

『人間と魔族の姫、サウナを愛でる』 終

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