人間と魔族の姫、サウナを愛でる ④

「まず先にシャワーだね、汗をかいただろう……」

「待て待て、『シャワー』とはなんじゃ?水か湯をかぶるのではないのか?」

 水風呂へと向う途中、サウナでかいた汗を流すため、ハラウラが二人を案内したのは、新設された設備のある一帯だった。

「あら、ご存知ありませんの?こう……ジョウロみたいに、上から水が降ってくる水道ですわ。最近開発されましたのよ」

 二人の目の前では、いくつかに区切られた空間ブースの中で、他の客がシャワーを浴びていた。これはラクリの知識にあった機械の一部でもあったが、内風呂や洗面所などにも大量に設置できたのは、街で同様のものが普及しつつあるからでもあった。

 すぐにハラウラとセレーネの順番がまわってきて、二人はシャワーを浴びた。降り注ぐ水は心地よくセレーネの肌をくすぐり、ハラウラのほうはお湯で軽く体を流していた。

「ふうん……なんかチョロチョロとしゃらくさいのう……」

 ショチトも空いたブースに入るが、前の二人のように蛇口がなく、上からヒモが一本垂れ下がっているのみであった。

「……なんじゃこれは。えい」

 重いヒモを引っ張ると、彼女の頭上から大量の冷えた水が浴びせられた。

「ウギャッ!!」

 びしゃびしゃになったショチトが見上げると、ブースの上には木の桶がぶらさがっており、ヒモを引っ張ると溜まった水がぶっかけられる仕組みのようだった。

「ああ、それね……派手で面白いだろう。ガッシングシャワーというんだ。注文したシャワーの数が足りなくてつけたんだけど、思ったより好評でね……」

「た、たまげたのじゃ……なかなか豪快でよかったがのう。さて、水風呂じゃな!」

 体を流した3人が振り向くと、すぐに水風呂がある。完璧な導線だ。しかし、その形は先程見た『プール』よりも見慣れないものだった。

「これも、『みなの湯』の新名物……『三段水風呂』だよ」

 ハラウラが再び誇らしげに胸を張る。

 『三段水風呂』の名前の通り、上下に並んだ円形の水風呂3つで構成される。地面からは小さな階段がそれぞれに伸びていて客は好きな水風呂に入ることができるのだ。

「ちなみに、3つそれぞれ温度が違って……」

「ワシが一番じゃ!……うおっ、つめたあッ!!」

 ハラウラの説明を聞かずに最上段の水風呂に駆け出したショチトは、最も冷たい水風呂の洗礼を受けた。水温は10℃以下、いわゆる「シングル」で、かなりの深さがある。さらにハラウラ特製の氷まで浮かんでいる。流れは少なく、冷えきった水が湧き水のように静かに供給されている。セレーネはショチトの様子をみながら、軽く足先だけつけてすぐに引っ込めた。

「こ、これは明らかに冷たすぎませんこと?!」

「……いや、慣れるとけっこういけるのじゃ」

「うそぉ……」

「……水風呂のへりに手足をかけてごらん……」

 ショチトはすすめられるままに、寝転がるような姿勢になった。すると、浴槽の中の段差がちょうど彼女の腰を受け止め、あつらえたようにリラックスの体勢になる。

「これは、なかなか……」

「ふふ、いいでしょう……どの水風呂も、じつはひっくりかえした台形みたいな形に段差ができているんだ。これで、背の低い種族も高い種族も溺れないでつかれるし、こうして中で腰掛けてゆっくりできるからね」

 ハラウラが説明している最中に、水面から顔を出していたベ族の女が立ち上がって、のそのそと外に出ていった。水風呂の一番底は相当深いらしい。

「ふぅー……こちらは適温で良いですわね」

 説明している間に、セレーネが2段めの水風呂に入っていた。深さのある水風呂の中で段差に腰掛け、涼感を楽しんでいた。水温はおよそ16℃前後だ。

「ふぃーっ、こっちもいいのう。水風呂のはずなのに、なんだかぬるく感じるのじゃ」

 ショチトは一番上の水風呂から、浴槽のへりをまたいで二段目に降りてきた。温度の違う水風呂へ、すぐに移動できるのが『三段水風呂』の特徴の一つでもある。(最初、ラクリがすべり台で移動できるようにしたがったが、ホロンのお尻がどうしても入らなかったので断念した)

「この、水風呂の中に小さな段差があるのがいいですわね」

「そう……ここに足とか腰をのせると、体勢が楽になって全身で水風呂を楽しめるんだ。これは、主人のアイデアなんだけどね」

 ひとしきり二段目の水風呂を楽しんだあと、三人は一番下段の水風呂に移動する。

「あ~……ぬるぅ……」

「癒やされますわね~」

 三段目は、30℃から35℃程度の水温で、水というよりぬるま湯の風呂だ。しかし、これが上段2つで冷えた体には心地良いのだ。

「これ、外気浴いらずじゃなあ……」

「そうですわね……寒かったり暑かったり、風が強すぎたりすると、きもちよく外気浴できませんものね……」

「ああ……二人とも、あれをつかってみるといい」

 ハラウラが指差した先には、不思議なものが見えた。外気浴スペースにあるような長椅子が、風呂の中に沈められているのだ。これがあるため、三段目の水風呂は上段2つよりかなり広い作りになっている。

「あー……」

「ああーー……」

 沈められた長椅子に二人が横になると、下からぼこぼこと気泡が沸いているのがわかった。肌をなでていく気泡は、全身にマッサージを受けているような感覚にさせた。『バイブラ』と呼ばれる気泡の風呂は、セレーネがユージーンに教えた王族の贅沢をもとにしたものだったが、ネタ元にも椅子に寝ながら入れる風呂はなかったので、彼女にとっても初めての体験だ。

「これは……一生いられるかもですわ……」

「もう帰りたくないのじゃ……」

 寝転がりながら空を見上げている二人を、ハラウラは水風呂からあがって満足そうに眺めている。しばらくそんな調子だったが、不意にショチトが口を開いた。

「……腹、減ったな」

「サウナに入ると、お腹がすきますものね……」

「それなら……ひとしきり終わったら、何か食べていくかい?ご飯も種類が増えたんだ」

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