人間と魔族の姫、サウナを愛でる ③

 三人はサウナの入り口でタオルをとり、中に入る。タオルもサイズが豊富で、羽や角や尻尾を守るために巻きつけられる長いタオルもあったが、ショチトは「いいんじゃそんなもん」と無視して突っ込んだ。

 サウナ小屋の中は広く、ひな壇のようになった椅子が長く横に伸びている。薄手のタオルのような布――サウナマットがしかれ、数組の男女や友人同士が談笑していた。一段一段がかなり広くなっているため、寝転がって熱と湿度を味わっている者もいる。それぞれが、思い思いにサウナの中で過ごしていた。

「このサウナはあんまり熱くないんですのね」

「うん……ゆっくり過ごしてほしいからね。自慢の『遠赤外線ストーブ』で、空気が熱くならないから、長くいられるのさ」

「ちょっと物足りないが、悪くないのお!サウナの中で横になれるなんて、贅沢な気分じゃ」

 三人は最上段の一角、座面がゆるやかな曲線になっているところに並んで寝転んだ。基本的にサウナは高い場所ほど熱いため、寝転がると幾分ぬるく感じるが、長居するにはちょうどよさそうだった。

「そういえば、ショチト。あなた、普段は何をしてらっしゃる方ですの?」

「ん?ワシか?」

 ショチトはサウナマットにうつ伏せになった。形の良い胸が体の下に敷かれる。

「むずかしい質問じゃのう。あんまり仕事らしい仕事は普段しとらんのじゃ。たまに狩りなんかがあると、母上についていったりもするが」

「まあ、もしかしてお母様は地位のある方ですの?」

「ま、そんなところじゃな。おかげで遊んで暮らせてはおるが、どうも窮屈でならん。それで、たまに夜中に抜け出してサウナに来ておるんじゃ」

「そうなんですのね……似てますわね、私たち」

 しばらくそうしていると、セレーネはふと隣にハラウラがいないことに気がついた。体をおこすと、いつのまにかサウナ小屋の中には多くの人が集まっていた。そこに、ハラウラが戻ってくる。先程カウンターで客の相手をしていた小柄なネ族――ラクリをつれてきていた。

「えー、本日は『サウナ&スパ みなの湯』にお越しいただき、まことにありがとうございます!14時からのロウリュ・アウフグースサービスを担当させていただきます、ラクリと申します。どうぞよろしくおねがいします!」

 挨拶が終わると、サウナ小屋につめかけた客たちはいっせいに拍手した。あっけにとられている二人のもとに、ハラウラが再び戻ってくる。

「ちょうどいい時間だったね。これから、アウフグースをするから、体験していきなよ……」

「アウフグース?ロウリュなら参加したことがあるけど、それとは違いますの?」

 下段のほうで何やら準備をしているラクリを見ながら、セレーネはハラウラに聞いた。以前から『みなの湯』では、香油を入れた水を石にかけて蒸気と香りを楽しむサービス――ロウリュを提供していた。

「アウフグースもロウリュの一部というか……ロウリュでできた蒸気を、タオルであおいで撹拌したり客を熱くしたり、そういうのがアウフグースなんだ」

「ワシは一回やられたことがあるぞ。体のでっっかいワン公がタオルばっさばっさ振ってのう、体じゅうがめちゃくちゃ熱くなるんじゃ!」

 『みなの湯』では改装に入る少し前にアウフグースを試したことがあり、大柄なク族――ホロンの巻き起こす熱波はかなりの好評だった。

「しかしここには石のストーブもないし、あのチビに熱波はおこせんじゃろ。ちゃんとできるのか?」

「ふふ、まあ見てなよ……」

 ラクリは野外調理用の炉……七輪のようなものを取り出し、そこに水をかけた。馴染みの深い水蒸気の音がサウナ小屋に響き渡る。広い小屋の全体に行き渡るように、何回かたっぷりと水が注がれていく。

「あの焜炉、確か前哨地を視察したときにみたことがありますわ。考えましたのね」

「すごいのはここからさ……」

 ラクリは何やら不思議な形の機械を両手に持った。持ち手の部分に筒がついており、セレーネはその形から文献で見た『銃』を思い出したが、彼が何度か引き金を自分に向かって引いているのが見えたので、どうも違うらしい。

「では、まいります!」

 ラクリが筒の部分を天井に向けて、両手の引き金を引いた。


 ギュオオオオオンッ!!!


「きゃあっ!」

「うわ、なんじゃあれは!!」

 轟音とともに、筒の先端から風が吹き出す!たちまち溜め込まれた蒸気が撹拌され、三人の体に降り注ぐ。先程までのゆるやかな熱から一転して、容赦のない熱さだ。ラクリが先端をセレーネたちに向けると、荒れ狂う怪鳥の如き風と熱が叩きつけられる。

「あ、熱っ!熱いですわ!」

「これが、『みなの湯』の新名物……名付けて『爆風アウフグース』さ……すごいだろう」

「うはははは!こりゃあ効くのうッ!」

 熱に強い体質なのか、ショチトは楽しげに腕をひろげ全身で熱風を受け止めていたが、セレーネには相当キツい温度だった。

「無理はしないでくださいねー」

 そういいながらもラクリは客たちに熱風を浴びせていく。タオルでのアウフグースを受けたことがある者からしても、機械の力で容赦なく、長時間浴びせられる熱風の刺激は格別だ。セレーネの耳が真っ赤に染まる。

「ひぃっ、も、もう出ますわ!」

「じゃあ、ボクも出よう。水風呂を案内するよ」

「何、もう出るのか?情けないやつじゃのう」

 セレーネを含め数人が耳を手でおさえながら、サウナ小屋の出口へと向かっていく。ショチトとハラウラはまだまだ余裕だったが、十分あたたまったので水風呂へと向かうことにした。

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