勇者と魔王と英雄とサウナ 後編 ④(終)

 そこから先は、公式の記録には詳しく残っていない。

 突然魔族側の陣地にあらわれた邪竜、通称〈汚濁の邪竜〉は迎え撃った『勇者』を圧倒的な質量で押しつぶすも、その後同様に突然あらわれた白い竜――汚濁を洗い流す瀧の竜、通称〈瀧竜ロウリュウ〉がぶつかったことで勢いをそがれたという。そこに『勇者』の最後のひと押しが加わったことで、〈汚濁の邪竜〉は討伐されたという。

 『魔王』は〈汚濁の邪竜〉に呑まれて行方不明となり、結果的には人間側の勝利となった。しかし、ゴヌール平野一帯には討伐された邪竜の呪い――魔術的な影響が残り続け、当分人間が立ち入ることはできなくなり、この勝利によって人間側が得たものはそれほど多くなかった。

 2体の邪竜がなぜ現れたかについては、公にされることはなかった。『魔王』が解明し、ハラウラとユージーンが推測して実証した邪竜召喚の仕組みは悪用を恐れて秘匿され、王国の統制が及ぶ範囲で箝口令がしかれた。そして、魔族側でそれを知る唯一の生き残り……魔王の娘ショチトも、それを広める気はないようだった。

 だが、人の口に戸は立てられない。兵士たちの中で、ユージーンの入ったサウナ室から立ち上った煙が〈瀧竜〉となった瞬間を見ていた者は多かった。『みなの湯』は魔族ともつながりがあったので、王国や教会は表立ってその功績を認めようとはしなかったが、元『英雄』を慕う民衆の後押しもあり、最終的には『英雄』と『勇者』が〈瀧竜〉を呼び寄せ、〈汚濁の邪竜〉を退治したということになった。

 なお、『勇者』の行方は、銀の光が遠くに飛び去っていったのを最後に、不明である。


 ――同行した劇作家の手記より


――


 ゴヌール平野の戦いが終結した数週間後。『みなの湯』は、ある特別な行事のために貸し切りとなっていた。

 店の前に大きな馬車が乗り付けてくる。一般的な乗合馬車に偽装しているものの、堅牢な材質や質のいい馬などが見て取れ、事情に詳しいものであれば、王族か貴族のお忍び用であることがわかるだろう。そこから、長身痩躯の神経質そうな男と、やけに露出度の高い服を着た女性が降りてきた。

「さあお父様、ここが『みなの湯』さまですわよ♪」

「……ふん」

 フィン王国の国王と、その末娘セレーネ。馬車から降りてきた彼らに、先に到着していたもうひとりの客が声をかける。

「おおセレーネ。元気にしとったか」

「ショチトさん!そちらこそ、無事で何よりです。あの時、戦場にいらして、その、お母様が……」

「あー、辛気臭い顔をするでない。あれは当然の報いじゃ、本人もきっと納得ずくじゃろう」

 『魔王』のあとをつぎ、フィン王国周辺一帯を縄張りとするマ族のリーダーとなった、ショチトだった。母である『魔王』が〈汚濁の邪竜〉に呑まれた時、サウナカーの中にいたショチトは偶然、命が助かったのだ。

 結果的にユージーンは、国を魔族から守ると同時に、魔族の長の命を救ったことになる。ユージーンは、双方への功績や、邪竜召喚術の秘匿を交換条件に、人間と魔族、双方の首長による会談を実現したのだった。

「役者はそろったみたいだね……主人」

「水風呂の冷却装置も、遠赤外線ストーブもバッチリだ!」

「……!!」

 従業員の魔族たち……ハラウラ、ラクリ、ホロンが、物陰からこっそり様子をうかがう。ラクリとホロンも、ショチトと同じ用にサウナカーの中にいて無事だったmのだが、今回の会談のあいだ、魔族の従業員たちは行動をともにしない。ユージーンの要求を通すために、様々な政治的な折衝が行われ、このような形に落ち着いたのだ。

「まったく、なぜ私が魔族のガキと風呂など入らねばならない」

 国王は、あからさまにショチトに聞こえるようにそう言った。

「これから会談する相手に、言いよるのお、人間の長は……礼儀がなっとらんのじゃないか?」

 ショチトは長身痩躯の国王を見上げ、挑発してみせる。一触即発の雰囲気があったが、ユージーンが割って入る前に、セレーネがぷりぷりと怒ってみせた。

「もう!お父様、お風呂もありますけど、メインはサウナですわよ、サウナ!それに、私の友人にそのような呼び方、おやめくださいませ!」

「ふん……セレーネ。私はお前に、魔族の友人など許した覚えもないのだぞ。お前と元『英雄』の頼みというから足を運んでやったが、やはり話すべきことなど何もなさそうだな……」

「ワシだって、お前と話すことなど何もないのじゃ!命の恩人である店主の前でなければ、お前など……」

「いいから!ほら!ショチトさん、着替えていきますわよ、ほら!!ではお父様、のちほどサウナで……」

 まだ悪態をつき足りなさそうなショチトを、セレーネがひっぱって女性更衣室へと連れて行った。

「……さっさとすませるぞ。案内しろ」

「おおせのままに」

 ユージーンは、鼻息の荒い国王を、なんとか更衣室につれていく。

 この世界ではじめての、『サウナ外交』が始まろうとしていた。


異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ーできれば水風呂と外気浴スペースもつけてくださいー 

『勇者と魔王と英雄とサウナ 後編』 終

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