薬師と錬金術師、サウナで出会う ①

 錬金術師、メッツは疲れ切っていた。

 普通の金属から金を作り出す崇高な実験が彼の使命だが、それにも先立つ金銭が必要だ。昨日から夜通し副業の薬品作りを続け、ようやく一段落したころには日も高くなってしまっていた。

「お、メッツくん。君も徹夜明けかい?」

「アミサさん、お疲れ様です」

 空腹に耐えかねて訪れた馴染みの酒場には、彼の飲み友達の劇作家、アミサもいた。朝食には遅く、昼食には早い中途半端な時間には、彼らのような生活の乱れた者が酒場に集まりがちで、二人が顔見知りなのもそういうわけだった。

「そうなんですよ。最近薬の売れ行きが悪くて……香水やら化粧品やらまで作らなきゃいけなくて」

「それは災難だね。なんで?」

 メッツはため息をつきながら、酒場の店主にエールと揚げ芋を注文した。

「それが、なんだか得意先の薬屋が仕入れを絞ってるんですよ。別の生産者が卸し始めたみたいで」

「うそ!君のより品質が良くて安いのなんて、なかなか作れないでしょ」

 アミサが驚いて上半身を乗り出すと、彼女の胸の谷間が強調される格好になった。メッツは思わず顔を赤くしてうつむいてしまう。街に来るまで、高名な老錬金術師に師事して森の中で過ごしたせいで、年頃の女性と接することに慣れていないのだ。アミサは彼のそんな反応が面白くて、ちょっかいを出しているところがある。

「そ、そのはずなん、ですけど、ね……あ、君も、ってことは、アミサさんも?」

「ん。今日は一日おやすみだから、一本書きあげてきちゃった」

「そ、そのわりには元気そうじゃない、ですか」

 肌もつやつやで、といいかけて、メッツは自分の意識が余計にアミサの谷間にいってしまいそうだったので、口をつぐんだ。

「そうなの。最近サウナってのにハマっててね。頭スッキリするし血行もよくなるし……まあ、徹夜明けにいくのはあまり良くないんだけど」

「サウナ?」

 アミサが言うには、サウナというのは風呂の一種らしい。

「やっぱりさ、我々知的労働者は休息に気をつかうべきなんだよ。頭脳を効率的に休めてね」

 メッツはあまり風呂に時間をかける方ではなかったので、わざわざ外の風呂に入りに行くというのは馴染みのない習慣だった。アミサも同様だと聞いていたので、彼女にそこまで言わせる『サウナ』というものはメッツの好奇心を刺激した。

「アミサさんがそこまで言うなら、行ってみようかな……」

 そうして、メッツはサウナ『みなの湯』に向かうことになった。


「こうして、石に水をかけて蒸発させることで、サウナ室の中に熱気が満ちる。これで体を温めて、十分温まったら外にある水風呂で体を冷やし、その後外気浴をする。これが基本的な流れだ」

「は、はあ……」

 数時間後、メッツは『みなの湯』のサウナに、主人の大男といっしょに入っていた。ちょうど番台が入れ替わるタイミングだったので、使い方を教えるために彼も同行したのだが、小柄なメッツにとっては、大人と子供ほども差がある大男が隣にいるのはいささか落ち着かなかった。

「……あの劇作家の紹介だと言っていたな。どういう関係なんだ?」

 熱された水蒸気にむされていると、メッツは主人に話しかけられた。

「ええっと、飲み友達というか……」

「同業者か?」

「いえ、錬金術師です」

「ほう」

 それで会話は終わり、しばらくサウナの中には静寂が戻った。ときおり、二人が汗をぬぐう音だけが聞こえる。

「そうだ」

 思い出したように、主人が椅子の下から一つの小瓶を取り出した。ふたをあけると、豊かなバラの香りが漂う。どうやら、香油のようだった。

「錬金術師なら、こういうのも詳しいか?」

「わあ、上質な香油ですね」

 メッツは目を輝かせた。こんなところで、自分が作るよりも高品質な香油を見ることができるとは思わなかったからだ。

「バラの香油は特別な製法が必要なので、作るのが難しいんですよ。しかもこんな良いもの、どこで?」

「ちょっとした貰い物でな……これを、蒸発させる水に加えようと思うんだが、問題ないか?」

 少し考えて、メッツはうなずく。

「ここまで上等な香油なら、変な不純物もないと思いますから、吸う空気に混ざっても大丈夫でしょう。少量からがいいとおもいます」

「わかった、ありがとう」

 店主が桶の水に香油をたらし、かきまぜ、そこからひとすくいしてストーブにかける。

「うわあ、すごく良い香り……」

「これは……良いな」

 水蒸気に乗ってサウナ室全体に、バラの良い香りが広がった。ほんの少量にもかかわらず、蒸気とともに広がる香りは圧倒的で、二人はうっとりと目を閉じた。

 その時、サウナ室の扉が開く音がした。

「あら、良い香りね」

 メッツが視線を扉のほうにやると、そこにいたのは、

「え、お、おお、女??!!」

 緑の長い髪、なめらかな白い肌、ゆたかな曲線を描く体。男湯にいるはずのない客がそこにいた。当然のように裸だったので、メッツはあわてて後ろを向く。

「……悪いがここは男湯だ。女湯にいってくれ」

「番台の兎ちゃんに許可はとったわよ」

 男二人の言葉も意に介さず、女は長い足で歩を進める。

「だって私、マンドラゴラだもの。男も女もないわ」

「ま、マンドラゴラ?!」

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