劇作家、サウナに憩う ④(終)

「はっ!そうだ」

どうでもいっか〜、の精神になってから2,3周のサウナルーティンを終え、室内の休憩スペースで憩っている時、アミサは自分が気になっていたことを思い出した。

「どうしたんだい、アミサ……」

ちょうどハラウラが飲み物を持ってきていたので、アミサは彼女にも聞いてみることにした。複数の視点からの情報は大切だ。

「……なるほど、主人がサウナをやっているわけ、か」

「そう。一緒に働いてるんだし、何か聞いたことない?」

ハラウラは目を閉じて思案しているようで、長い耳をひくつかせる。

「魔族への恩返しのため、ヒトと戦争をしないようにするため……ボクはそう聞いてるけど」

「私もそう聞いた。でも、それならサウナである必要がない」

「うふふ。それはほら、主人はサウナがめっぽう好きだから」

 苦笑するハラウラに、アミサは首を振った。

「でも、王や敵対したままの他部族から目をつけられる可能性を考えれば、『ユージーンさんが』サウナをやってる理由にしては、ちょっと弱いんじゃないですかねえ」

「そうだね……主人がいれば、魔族もヒトも、暴れたり悪さしたりはできないだろうし……こうやって、誰もがゆっくりできる場所にするため、なんじゃないかな……それか……」

「それか?」

 ハラウラの耳と目線がぴくりと揺れた。そして少しためらった後、こう切り出した。

「……ぼくの当て推量になるけど、それでもいいかい?」

「もちろん」

「主人は……誰かを、待ってるんだと思う」

 ハラウラは少し俯いて、ぽつりと呟いた。

「ほぉ〜〜~~おンッ?」

 劇作家の観察眼は、その時の彼女の表情を見逃さなかった。

「誰かっていうのは男性ですかねッ?!美男子ですかねッ?!」

「い、いや、そこまでは知らないよぉ」

 急にテンションの上がったアミサに、ハラウラは思わずたじろぐ。

「だって……ここ、毎日24時間やってるんだよ。いくら魔族とヒトの動く時間が違うとはいえ、毎日やる必要はないじゃないか。たまには休んだっていいのに……それに、主人が番台に立っているときは、いつも……なんだか、何かを待ってるみたいなふんいきだから……」

「うんうん、なるほどなるほどッ!!ハラウラさんはその『誰か』に嫉妬してるんですねッ!!」

「な、なんなのさ、きみは……」

 ハラウラは迫ってくるアミサから目をそらし、耳を両手でぺたんと抑えた。おそらく人間でいうところの顔を覆う仕草にあたるのだろう。

「ボクはそんなこと、いってないじゃないのさ……」

「ええッ!見ればわかりますともッ!!実にいじらしくて良いッ!種族を超えた恋、実に良いテーマですッ!」

「ううーっ、それ以上言うと、ひどいぞっ!凍らせてしまうぞっ!」

 アミサがにやにや笑いながら帳面にペンを走らせていると、

「それぐらいにしておけ。追い出すぞ」

 ユージーンの大きな手が、帳面を取り上げた。アミサは抗議の声をあげつつ、ハラウラに「やりすぎた」と頭を下げた。

「それで、さっきの話なんですけど、実際のとこどうなんです?聞いてたんでしょ?」

「む。誰かを待っている、か……」

 ユージーンはハラウラをなだめながら、アミサのほうには目を向けずに、答える。

「……お前だって脚本を書くときに、『どんな客に見てほしいか』ぐらい考えるだろ。それと同じようなものだ」

「つまり、『みんなに喜んでもらう』ためにも、『誰か』を思い浮かべてやっている、と?」

 ユージーンはうなずいた。そして、どこか遠くを見るような表情をした。

「誰にでも安らぐ権利がある……。どれだけ重い使命を持っていても。ここに来た時だけは、肩の荷をおろして安らいでほしい……そのためにも、『みなの湯』は、いつでも誰でも、安らげる場所でなくてはならないんだ」

 基本的には仏頂面だった彼の顔が、このときだけは明確に寂しげなものになったので、アミサはそれ以上聞くのをやめた。彼女にだって、それぐらいの分別はあった。

「あまり憶測でものを書き立てるなよ。お前はおかしな女だが、そういうことはしないと信じてるからな」

 そう言ってユージーンは帳面を返した。すでに窓の外は日が傾きかけていて、アミサは急いで帳面をしまいこんだ。

「あぁ、もうこんな時間でしたか。ここで受け取るのはあくまで刺激とイメージだけ、そう決めていましたから。……いつか、その人にも来てもらえるといいですね」

「……ああ。そのためにも、もっと良いサウナにしないと……そうだ、最後に。何かサウナに活かせそうなものを知らないか?これだけ話したんだ、少しはこっちにも利益があってもいいだろ」

 アミサは少し思案すると、思い出したようにかばんから小さなビンを取り出す。

「そういえばこれ、姫様から預かってたんでした。姫様お気に入りの、バラの香油です。石にかける水にたらしたら、いい香りが楽しめるんじゃないですか?」

「へえ、香油か……たしかに、いいかもね。キ族の薬師も、たしか何種類か持ってたはずだよ……」

 上品なバラの香りに、ハラウラはうっとりと目を細める。

「助かる。セレーネにも、よろしく伝えておいてくれ」

「ええ、それはもう。じゃあ、さっそく執筆にもどりますね。劇ができたら、見に来てください。お菓子も用意して待ってますから」

「お菓子……!」

 アミサは一礼して、目を輝かせるハラウラを背に『鍵の腕輪』で帰っていく。

「……さて、仕事に戻るか」

 ユージーンはそれを見送ると、いつもの無表情で店の裏手にもどっていく。そして、すれ違い様に、ハラウラの頭を耳ごとくしゃりと撫でた。ハラウラはうれしそうに彼の後を追い、また『みなの湯』の慌ただしい夜が始まる。


 その後――「浴場を舞台にすれば美男子の裸を描き放題」と気が付いたアミサが、過激すぎる内容の劇を書いて物議をかもすのだが、それは少し後の話。

ちなみに、彼女はその後「人間と魔族の種族を超えた恋愛物語」を描いて大受けし、国を巻き込む騒動になるのだが――これはまだずっと先の話。


 『サウナ&スパ みなの湯』。追放された元英雄と、小さな魔族が営むやすらぎの場所。未だ過酷なことも多い世界のどこかで、今日も営業を続けている。


異世界で追放されても、サウナさえあれば幸せです ―できれば水風呂と外気浴スペースもつけてください― 

『劇作家、サウナに憩う』 終

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