劇作家、サウナに憩う ③

 水風呂に入った二人は、吐く息が冷えてくるまでしっかりと体を冷やし、体をふいて外気浴をはじめた。空は高く、太陽の光と風が冷えた体をなでていき、アミサはえもいわれぬ気持ちよさを感じつつあった。

「はー、なんかいいですねえこれ……冬のさむい日に、あったかい家の中に帰ってきたみたいな……」

 大の字で椅子に横たわるアミサの隣で、ユージーンは椅子に座って後頭部を壁に預けている。

「水風呂は、ハラウラの魔術で作った氷で、川の水を冷やしている。彼女に連絡すれば、温度を上げたり下げたりもできる。おすすめは17度だが……」

「それも気になるんですけど、あの、サウナをやってる理由のほうは……」

 サウナ室のなかで聞きかけた疑問を、アミサは再び聞いた。ユージーンは目を閉じたまま、深く息を吐いた。

「……遠征中には、本当にたくさんの魔族の世話になった。ネ族、ウ族、ク族、他にもたくさん……中にはどうしても戦うしかなかった奴らもいたが……だから、恩返しがしたかった」

 ユージーンが目をあけ、遠くの空を見つめる。

「だが、俺がここまでやってこれたのは、それ以上に多くの人間に支えられてきたからだ。孤児だった俺が騎士になれたのも、武勲をやまほど上げられたのも、俺一人の力じゃない。だから、どっちもなんだ、恩返しをするなら……」

「どっちも」

 アミサは思わず聞き返した。追放された経緯や、ハラウラという魔族の少女をそばにおいていることから、魔族側に肩入れしているものだと思っていたからだ。

「そう、どっちもだ。人間と魔族はまだ対立している。どっちかにつけば、もう一方からは敵になる……だから俺は、この立ち位置ぐらいがいいと思っている」

「なるほどなあ……」

 ユージーンほどの戦力を持つ者なら、魔族側についたと判断されることすら国の反魔族感情を煽り、戦争へとつながりかねない。ただのサウナバカだと思っていたが、なかなかどうして自身の身の振り方を考えているようだ。アミサは、彼への評価を内心で少し改めた。

 冷えていた体にめぐる血液が、じんわりと温まってきて、全身の血管が鼓動しているような感覚。取材の途中だというのに、アミサはしゃべるのも少し億劫になって、しばらく外気浴に身を任せていた。

「はあー、きもちい……」

 執筆作業と座り仕事で凝り固まった筋肉に、半ば強制的に血流が巡っていくのがわかる。普段意識することのない、心臓の動き。水風呂とサウナを経由して、それがたしかにあると、全身で実感する。

「いいもんですね、サウナ……」

「いいだろ、サウナ……」

 アミサの肌にゆるやかな風が触れ、耳にかすかに木々の葉擦れの音が聞こえる。城からそこまで離れていない場所のはずが、どこか遠くに来たように感じられた。

(そうか、ここでは、普段あたりまえにあって感じることのないものが、感じられるんだ……旅行に行かなくても、新しい刺激は……)

 普段から絶え間なく観察をくりかえしてきたアミサの思考が、少しずつ流れをゆるめ、おだやかな春の湖のようにしずまっていく。

「そろそろだな。いくぞ、もう一回……」

「あ、待って」

 アミサの聡明な頭脳もゆるゆるになって、何かひっかかっていることがあるというのに、頭に浮かんでこない。

(あー、なんか気になることがあったんだけど、あったんだけど……)

 サウナに入ったものは、だいたいこうなってしまう。

(まぁ、いいかー。もっかいサウナ入ろう……)


◆◆◆


 サウナに入っていると、このように「どうでもいっかー」の精神になることがよくある。経験者ならばわかるだろうが、本当によくあるのだ!仕事や人間関係でイライラしていても、サウナサイクルを繰り返すうちに、だいたいのことはどうでもよくなってしまう。

 気分が良くなるとか、落ち着くとかではない。……これは、なかなか他のことでは体験できない感覚だ。いったいどういうことなのだろうか?

 専門家によれば、このとき、人間の脳内では瞑想を行っているのとよく似た状態になっているのだという。最近の言葉でいえば、マインドフルネスの状態だ。

 ここからは僕(作者)の実感によるところだが、この瞑想・マインドフルネス状態によって、ものごとへの執着の度合いが、一時的にグっと下がるのだ!

 おどろくほど自分の心を客観視できるようになり、サウナに入る前には一大事に思えていたことや、ずっと悩んでいたことを――例えば仕事でミスしてしまったこと、恋人ができないこと、小説の執筆が進まないこと、その他諸々を――まっさらな視点で考え直すことができる。もしかしたら、これは『悟り』に近い状態なのかもしれない……なんてことを思うほどに、サウナによる瞑想効果は劇的だ。

 本当に瞑想をしてこれだけの効果を得るには、かなり訓練を積む必要があり、人によって向き不向きがあるそうだ。しかし、サウナに入れば、だれでも手軽に瞑想状態になることができる!悩むことの多い現代人にはありがたいことだ。

 ただし、もちろん「どうでもいっか」状態になったところで、問題そのものが解決するわけではない場合も多い!サウナには体調や自律神経をととのえる効果もある。

 リフレッシュしてがんばっていこう!そう思わせてくれるものが、サウナにはあるのだ。


◆◆◆

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