劇作家、サウナに憩う ②
アミサが提案した取材というのは、サウナにいっしょに入りながら一対一でインタビューするというものだった。『みなの湯』のルールには反するものの、女湯側には客もいないので、ユージーンは時間を限定して、しぶしぶ引き受けた。
二人で更衣室に向かう途中、すれちがったク族の男性客たちがにやつきながらヤジをとばしてきたが、彼らの口にはその直後、氷の塊が突っ込まれていた。
「いいから、早くいってきなよ……アミサ、きみが変な気をおこさないって、ボクはしんじてるからね」
手のひらで氷塊をころがしつつ、ハラウラがアミサを一瞬だけねめつける。口の周りにはまだクリームがついていたので、いまいち凄みには欠けたが。
着替えを終えて数分後、二人はサウナ室の中にいた。
「おっほ♪さすが、すごい体してますねえ。筋肉バッキバキ……」
「他人の体をじろじろ見るのは、マナー違反だぞ」
ストーブに水をかけ、熱気をサウナ室に充満させながら、アミサはユージーンからサウナの入り方……サウナ→水風呂→外気浴というサイクルについても、手早く説明を受けた。サウナについて説明するときのユージーンは、いつもよりも少し饒舌だった。
「ふー、たしかに気持ちがいいですねえ。お風呂よりも体全部があったまるというか」
「顔や頭まで蒸気で熱されるからな。それに温度でいえば、90℃以上だ。風呂よりずっと高い」
アミサにとって、蒸し風呂に入るのは初めてではなかった。砂漠地帯のほうに似たような文化があり、ハンマームと呼ばれていたそれに入ったことがあったからだ。しかしそれはもっと浴室が広く、低温の蒸気だったため、湿度と温度の高い魔族式サウナは初めてだった。
体全体を包むあたたかな蒸気に、気分良く脱力していると、取材のことを忘れそうになる。アミサは思い直して、まずは軽い質問から始めることにした。
「あの、この石のストーブ……どうやって動いてるんです?水がすぐ蒸発するような温度、普通の蓄熱クリスタルでは出せませんよね。薪を燃やしているわけでもなさそうだし、気になってたんです」
しかし実際のところ、アミサはこの質問の答えに心当たりがあった。さっき見た小さな魔族の少女、ハラウラの魔術か、あるいは『電気』でなんとかしているのだろうと。後者の場合は特に珍しいものなので、自慢したいはずだ。ひとしきり聞いてやって、気持ちよく本題――なぜあの『英雄』がサウナをやっているのか?――を聞き出してやろう。アミサはそういう腹づもりだった。
「ああ、これか。ほとんどは普通の石だ。一番下の段にだけ、ナストーンの鱗が敷いてある」
「……は?何て?」
「だから、邪炎竜ナストーンの鱗。喉のところの、一番熱いやつ。倒したときに剥いできた」
邪竜といえば強大な力を持つ生きた災害。その鱗ともなれば、堅牢なること鋼を超え、柔軟なること金と並び、かつ持ち主の性質を色濃く、恒久的に宿す国宝級のお宝だ。それが何枚も、ごろごろと石の下敷きになり、熱を発し続けている。
「ええ……?!なんでそんな……」
「薪ストーブでは薪の入れ替えのたびにサウナの扉が開いて、集中が途切れる。電気ストーブも試したが、魔族の中にはあれの出す音を嫌う者もいる。ストーブから出る熱の質感も、この方式が一番良い」
「そうじゃなくてですね!ていうか他にも、伝声クリスタルとかタイル張りの床とか、どれもめちゃくちゃな値段しますよね?!お風呂場の石鹸だって頭用と体用に分かれている高級品だし!王族のお風呂ですかここは!」
驚きに声の調子をあげるアミサに、ユージーンは無骨な表情を少しだけ怪訝そうにして答える。
「サウナに集中できるように、できるだけ良い設備にしてあるだけだが。値段とかはわからん」
「わからんって、どういうことです?」
「風呂場の石細工は、ク族の石工たちがやってくれたし、クリスタルの類はネ族の領主が譲ってくれたものだ。石鹸はキ族の薬師が卸してくれるから、そんな高級品とは知らなかったな。みんな、ナストーン討伐遠征のときにできた縁だな」
「……なるほど」
アミサは得心がいった。まず、この男はおよそ通常の金銭感覚というものがない。次に、それでもこのサウナがやっていけてるのは、彼の魔族全般への人脈によるものだ。さすがに、文字通り国を救った男はコネの規模が違う。最後に、
「つまり、ユージーンさんはサウナバカなんですね」
「む。それは褒めているのか」
「驚き半分、あとは呆れ半分です。まあ、取材としては面白くなってきましたけど……でも、やっぱり気になります。なんでサウナなんですか?」
「それは……」
ユージーンは答えるより先に、12分計(精巧な時計も、かなりの値打ちものだ)
を見て立ち上がった。
「続きは、外でしよう。水風呂にいくぞ」
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