薬師と錬金術師、サウナで出会う ②

 マンドラゴラ――植物のような姿をした魔族の人間側からの呼び方で、正しい名前はキ族という。

「まあ、私はキ族の中でも『背高き者』……樹木に近いから、半ドラゴラといったところなんだけど。フフ」

 しなやかな足取りでサウナ室に入っていくマンドラゴラの肌は、よく見れば白樺の木材のように木目が入っていた。肉付きの良い女性の体型に見えていた胸や臀部も、動きに合わせて揺れることはなく、硬質な木のカーブであることがわかる。

「……なるほど、サレイは枯れたか」

「そう。あなたに世話になった301番目の株が大地に還ったから、代わりに『引き継いだ』私が挨拶に来たの。私は北の森の白樺・338番目の株……ササヤって呼んで」

「わかった」

「わかったじゃないでしょぉ!?魔族!女!なぜ!?」

 驚いたのは錬金術師のメッツだった。当然のように魔族の女が裸で男湯に入ってきたので、泡を食って己の下半身を手で隠していた。

「別に、人間以外が使わないなんて、言ってないだろ」

 そう言いながら、主人は平然とサウナ室に掲げられたルールを指した。



「そうよ。私、人を食べたりはしないわ。安心して」

 初めて間近で目にする魔族は、遠目に見れば人間の女性にしか見えず、しかも穏やかで、人語を流暢に話している。メッツは師である老錬金術師に、『人語を操る魔族もいる』と聞いたことは会ったが、まさかこんな場所で遭遇するとは思っても見なかった。

「だ、だとしても女じゃないか!」

「あら、そう見える?それなら良かったわ。ヤスリもカンナも上等なものを使ったもの。見て、この滑らかな仕上げ♡」

 ササヤは蠱惑的な表情でメッツに擦り寄り、すべらかな体を押し付ける。

「お、お前っ、な、何」

「ふふ、もっと見て♡触って♡」

「……落ち着け。お前、木の股とかスケベな大根で興奮する質か?ササヤもからかうのはやめろ」

 主人が間に入って、呆れながら二人を引き離す。ササヤはわざとらしく頬を膨らませた。

「いいじゃない、有名な木工職人に削り出してもらったのよ?ほら、ここの股の部分なんて、木目がちょうど……」

「いいからやめろ、追い出すぞ……メッツ、おれ達は水風呂だ」

「は、ひゃい」

 メッツは促されると、逃げるようにサウナ室から飛び出した。いつのまにか、体はすっかり熱くなっていた。


「ふうううーーっ……あー、冷たい……」

「落ち着いたか」

 外の水風呂に浸かる男二人。初心者であるメッツのために幾分ぬるめ(18℃)に設定した水風呂は、いろいろな意味で熱くなりすぎたメッツの体を心地よく冷やした。

「はい、すみません……あれ、なんなんですか」

「キ族は基本的に性別の概念がない。各地の森の中心にある巨木からの株分けで殖える。今は女湯のほうにおしゃべりなネ族……猫型魔族のおばさま方が入っているから、ハラウラもこっちに入ることを許したんだろう」

 魔物の中には、匂いに敏感なものも多いという。ササヤも独特の甘い匂いを発していたが、魔族避けの香に似たような匂いのものがあったことを、メッツは思い出した。その材料のひとつが『マンドラゴラの体液』だったことも。

(体液……)

「キ族の『背高き者レーシー』……樹木に似た特性を持つ者は、自分の体を削って形を整える風習があり、削り出しが良いほど美しいとされている。だとしても、あれだけ人間に似せているのは珍しい。何か理由があるに違いないが……少なくとも、お前みたいなのをからかうためだけではないだろう」

「……そうですよね、どれだけ人間に形が似ていても、人間じゃないのですから、変な目で見ることはないですね……」

 二人は水風呂からあがり、体をふくと長椅子に仰向けに寝転んだ。

 メッツは目を閉じて、水風呂で冷やされた体がゆるやかに元通りになっていくのを感じる。大きく感じられる脈拍にあわせて、空間に体が発散していくような、奇妙な開放感を覚えていた。

「あー……なんか、すごい」

「すごいだろ、サウナ……」

 メッツの疲れ切った脳が、凝り固まった筋肉がほぐれていき、水風呂の清新な水を取り込んだように、健康な状態を取り戻していく……そんな気持ちにすらなるほど、疲弊した体にサウナは、劇的に効いていった。

 ふわふわとした感覚のなかで、五感は研ぎ澄まされる。遠くの鳥の声や木の葉擦れの音が聞こえ、どこかで嗅いだことのあるような、さわやかな甘い香りが……。

「どう?いい香りでしょ」

「うわあ!」

 目を開けたメッツの眼前に、ササヤの顔があった。裸で四つん這いになって、彼の体の上におおいかぶさっている。サウナ室から出てきたササヤの体には、ところどころ水滴が残っていて、ボディラインを強調している。緑の髪のように見える葉も、濡れて体に張り付き、どことなく扇情的な雰囲気を醸し出していた。

「ねえ、いい香りじゃない?それとも、人間はあまり好まない香り?」

「だ、だから離れろって……!離れ……」

 メッツがササヤを押しのけようと体を起こすと、接近することで甘い香りはさらに強くなった。そして、そこでメッツは思い出した。この香りは、以前確かに嗅いだことがある。

「お前、もしかして最近薬屋に薬を卸してる……?」

「そうよ。キ族は薬や石鹸なんかを作るのが得意なの」

 街の薬屋が、メッツの薬の代わりに売り始めたのが、この香りのついたものだった。

「魔族由来の素材が使われているとは聞いたが、まさか作っているのが魔族本人だったとは……どうりで安いわけだ、材料費がかからないんだもんな」

「あら、もしかしてあなたも薬師なの?」

「僕は錬金術師だ!副業で薬も作るけど、お前のせいで商売あがったりだよ」

「あらあら、そうだったのね。なんだか申し訳ないことをしたわ。他の部族の木工職人を雇うのに、お金?っていうのがたくさん必要だったのよ」

 ササヤが心底申し訳無さそうにしているので、メッツはそれ以上何も言えなかった。彼女の作る薬の質が高いのは確かで、安くて質がいいなら薬屋がそれを選ぶのも当然だからだ。

「そうだ。ユージーン、ここで使う香油の件、この子にお願いしたら?私、しばらくお金はいらないもの」

「……む」

 名前を呼ばれた主人――ユージーンが目を開け、少し考えるような素振りをみせた。メッツはその名前を聞いて『英雄』ユージーンのことを思い起こしたが、まさかこんなところで風呂屋の主人をやってるわけがない、と思い直した。

「そうだな……では、二人の製品を比べるというのはどうだ?」

「比べる?」

「香油はもともとサレイに頼んでいたものだったが、代替わりの後だし、ササヤの腕も確かめたい。一方で、さっき香油の品質をひと目で見極めた、メッツの錬金術師としての技術も気になる……だから、2週間後のこの時間、それぞれの作った香油を持ってきてくれ。実際にサウナで使ってみて、どちらを仕入れるか決めよう」

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