暗殺司祭、サウナを視察する ③

 クラウスが目覚めると、簡素な麻の服を着せられ、傷が治っていることに気がついた。

「起きたか」

 ユージーンが見下ろしている。咄嗟に手元を探り、短剣がないのがわかると手刀で襲いかかろうとする。しかし、体は思うように動かなかった。

「やめておけ。体力が底を尽きている。治療の魔術も、しばらく使えないようにさせてもらった」

 クラウスの首には札のようなものが張られ、魔力の流れを阻害していた。『みなの湯』を訪れる魔族の中には、無意識に魔術を振りまいてしまう者もいるため、このような封印の札が使われている。威圧的な入れ墨を隠すのにも使えるものだ。

「……なぜ、このようなことを」

「ここがお前の思うような施設じゃないことを、確認させたくてな。大方、『魔族と関わる』とか『裸を晒して享楽的』とかで、視察に来たんだろう、表向きは」

「……」

 クラウスは周囲に目をやる。どうやら更衣室のようで、周囲に魔族の気配はない。

「表向きの仕事ぐらいやって帰ったらどうだ。そうすれば、さっきの衝突は『誤解からの行き違い』だったことにしてやる」

 ユージーンの言う通り、クラウスは彼を殺せなかった時点で詰んでいたのだ。

 今まで、クラウスの暗殺は失敗したことがなかった。初撃での暗殺、治癒魔術を使った強引な攻撃、司祭という立場による政治的な保護。もちろんクラウス自身の剣技と魔術の腕もあったが、そうした有利な背景をもとに、クラウスは今まで『暗殺司祭』として活動してきた。

 しかし、今回は相手が悪かった。ユージーンの土壇場での力は、完全にクラウスの予想を超えていた。加えて、元とはいえ、ユージーンは英雄として今でも人気が高い。騎士団や王国から距離をおいているとはいえ、彼が暗殺されかけた事実を告げれば信じる者も多く、他の些末な目撃証言のようにもみ消すこともできないだろう。そしてその時、教会は確実に「汚れ役」のクラウスを切り捨てる。

「お互い、そうするしかないだろ。おれは人間と対立したくない」

「……いいでしょう。この首の札も、自分では取れそうにないですし」

 そうして、二人は浴場に入っていった。他には人も魔族も、誰もいない。


 しばらくして、二人はサウナ室にいた。ちりちりとストーブが音をたてる室内は静かで、時折汗を拭いたり、熱い息を吐いたりする音がときどき流れた。

「……なぜ、あんな仕事をしている」

「……」

「いつ聖職者になったんだ」

「……」

 沈黙の間を、蒸気があがる音が埋める。随分、こんな時間が続いていた。

「……こうして十分に体が温まったら、水風呂に入る」

「水?なぜです?」

「そのほうが気持ちいいからだ」

 ユージーンがサウナを切り上げると、クラウスは無言でついてくる。そのときの様子が5年前を彷彿とさせ、ユージーンは少し可笑しくなったが、顔に出すのはやめておいた。

「水風呂は入れるか?」

「……教会の儀式で、何度もやっています」

「そうか」

 二人はゆっくりと水風呂に入る。冷たい水が体を包み込み、体の深いところから吐息が漏れる。

「ふうーーーーっ……」

「……っぐっ……」

 クラウスがうめき声をあげた。治癒の魔術で回復したとはいえ、細かい傷に水が沁みるようだ。

「痛むのか」

 ユージーンが尋ねると、クラウスは顔をそむけた。そうして1分ほど(ユージーンは普段もっと長く入るのだが)水風呂につかったあと、外気浴に出る。

「本当に、裸で外に出るんですね」

「ああ。別に室内でもいいんだが、外のほうが気持ちいい」

 ユージーンが長椅子に寝転がると、クラウスも同じようにする。月のない空は雲が晴れてたくさんの星が見え、少し強い夜風の流れを感じる。

「……やはり、これは享楽的です。『禁欲』の教義に反します」

 長椅子によこたわるクラウスの顔は、5年前とそう変わらないように、ユージーンには見えた。だが、その間に色々なことが起こったのだろう。

「だが、どうだろう。酒や異性に溺れるのとは、わけが違うと思わないか」

「……言い訳ですか?」

「まあ、最後まで聞け……酒、異性、暴食、その他贅沢。金銭欲や名誉欲。こいつらはどんどん膨れ上がって、歯止めがない。1手に入れれば10欲しくなり、10手に入れればこんどは100欲しくなる。だから『禁欲』が必要になる。俺は教会に帰依するのはやめたが、それは道理だとわかる」

 そこでユージーンは一度言葉を切り、起き上がって水を飲んだ。

「サウナは、マイナスになったものを0に戻すだけなんだ。サウナに100回入ったって、0より上になりはしない。疲れて眠るのと同じだ。ぐっすり眠るのは気持ちのいいことだが、『禁欲』は睡眠までも禁止してはいないだろう」

「……ユージーンさん、そんなに喋る人だったんですね」

 クラウスは立ち上がり、腰のタオルを直す。

「詭弁ですが、一考の余地はあるでしょう……ですが、『魔族との交わり』については、教会の教えはもとより、個人としても許せるものではありません」

「……その話は、次のサウナでしよう。行くぞ」

「繰り返すんですか?なんのために?」

「そのほうが気持ちいいからだ」

「……そうですか。よくわかりませんが」

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