勇者と魔王と英雄とサウナ 前編 ②

 果たして、戦争は起こった。

 フィン王国辺境、魔族の生息域との境界線上にある平地、ゴヌール平野。様々な理由から防衛戦の要として知られるこの平野をはさんで、人間と魔族は互いに睨み合っていた。


「魔族が統率されて攻めてくるというのは、どうにも厄介で気味が悪いな」

「しかも、ここ数年なかった規模だ。少し厳しい防衛戦になるかもしれないな」

「だが、我らには『勇者』がついている。このような大きな戦いであれば、すぐにかけつけてくれるはずだ。それまでの辛抱だ!」


「などと、人間どもは思っているだろうな」

 ゴヌール平野、魔族側の陣地。複数の伝声クリスタルを前に、『魔王』は満足げな表情をしていた。周囲には数人の側近が控え、いそがしく各種族から集まった者たちに指示を出している。

「もういいじゃろ、母上。他の者がやっとるように、適当に集めて適当に突撃すればええじゃろ」

 その隣で、ショチトは面倒そうに角の手入れをしている。

「いままでの狩りとは違うのだ、ショチトよ。人間側に巨大な戦力……『勇者』が現れてしまった以上、不用意に動いては我々と配下の各種族の命がいたずらに脅かされる。それでは、楽しい『人間狩り』にはならないだろう……いや、だが、確かに」

 そう言いながら、しかし『魔王』は途中で、おかしそうに含み笑いをしだした。

「なんじゃ、気味悪い」

「ククク、ショチトよ。お前が狩りに興味を持たないのと逆に、私はこの面倒な手続きを、楽しいとすら思っているようなのだ。策をめぐらせ、情報を駆使し、狩りを進めていくことを……案外、私たちは”似たもの親子”なのかもしれぬな」

「えー、嫌じゃ気持ち悪い……母上だって今までは適当な狩りしてたくせに……」

 『魔王』は娘の言葉に、側近から地図を受け取りながら返す。

「確かに散発的な狩りは各地で行ったが、適当ではない。検証していたのだよ。『勇者』の性能を……」

 広げた地図には、これまで起こした魔族の狩りの地点と時間、そして『勇者』がそこにあらわれるまでの時間が詳細に記載されていた。

「えぇ……何じゃこれ……」

 マ族の『人間狩り』としては明らかに常軌を逸した力のいれようだ。ショチトは娘ながらかなり引いていた。

「人間どもは、アレが自分の意志で人間を守りに駆けつけると思っているようだが、違う。アレはもっと反射的に動くものだ。動物がエサの匂いに惹きつけられるように、アレは我々と人間が戦う際に起こるに反応して、そこに向かい、倒しては次に向かう……そういう生き物だ」

 人間たちは、かつてのモーガンの武勇、そして「どんな戦いにも身を投じる」という彼女のあり方を知っていたからこそ、教会などのごく一部を除いて、『勇者』の行いを詳細に分析することはしなかった。

 一方で『魔王』は、厄介な『勇者』を攻略するために、ネ族の伝声クリスタル網を使って各地の情報を把握し、『勇者』の行動原理と反応の基準を調べ上げていた。通常マ族が行っている、散発的な狩りに偽装して、あるいは『勇者』に恐れをなして小競り合いしかできないように偽装して。

「だから、誘導できる。いまごろは山脈に阻まれた辺境までおびき出されたころだろうよ。おそらくここまで離せば、この平野で行われる戦いには反応できまい。明日には楽しい『人間狩り』の時間だ。仮に反応できても、次の策がある」

「ふぅん……」

 ショチトはつまらなそうにしながら、遠くに見える人間側の陣地を眺めた。『勇者』をあてにしているためか、狩りに興味のないショチトであっても、兵士の数が少ないことがわかる。

(『みなの湯』の店主……あのメチャクチャ強い男がいれば、もうちょっと戦えたかもしれんのにのう。あいつ、なんやかんやワシらに肩入れするが……この戦いはどうするつもりかのう)


――


 ゴヌール平野で大規模な戦闘が始まった知らせは、ユージーンのもとにも届いていた。そして、ラクリの傍受した情報から、どうやら魔族は『勇者』を何らかの方法でこの戦いから排除したこともわかった。そのことに、少しユージーンは安堵したが、懸念が消えたわけではない。

(『勇者』をあてにした騎士団は、このままでは魔族に負けてしまうだろう。それも勿論見過ごすことはできない。だがもし『勇者』が人間側にあらわれてしまったら、戦力差は逆転し決定的になる。その時は、やはり俺が、彼女を止めるべきなのか……しかしそれは、明確に人間国家への反逆になる……)

 今日も『みなの湯』は客足が鈍く、店内には活気がない。外気浴スペースの水風呂は、静かにただ水を流し続けている。

(人間にも魔族にも、できるだけ安らぎがあってほしい。そう思って『みなの湯』を作ったが……俺には、難しすぎることだったのか……)

 そんなことを考えながら、ハラウラと店番を交代し、ラクリから戦争の情報でも聞こうかと彼を探す。どうにも頭が重く、気持ちが沈んでいた。

 その時、ユージーンの鼻をかすめたのは、やわらかな湯気の香りだった。

(……サウナに、入るか)

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