番外編 人魔対抗アウフグース対決 ③

「さて、換気も終わったようなので気を取り直して……つぎは魔族代表の方ですが」

「それなんだけどね……」

 いつのまにかメッツの膝の上に座っていたハラウラが、申し訳なさそうに言った。

「予定していたト族の子が、さっきの無茶なロウリュでバテちゃって……」

「な、なるほど、それは困りましたね……僕は君の耳で前が全く見えないのに困ってるけど」

 サウナに集まった魔族たちは顔を見合わせる。ト族……すなわち、手が羽のようになっている有翼魔族であれば、タオルを使わずとも大きな熱波を起こすことができる。彼女の代わりになるようなアウフギーサーは、そうそういないのだ。

「うーん、やっぱり急には用意できませんよね。オルメンさんみたいな、特別な道具もないし……みんな楽しみにしていたみたいだけど、ここは……」

 アミサが順番を飛ばし、人間の2人目を呼び込もうとした、その時。

「待った!」

 甲高い声がそれを遮った。

「俺がかわりをやる!だから、ちょっと時間をくれ!」

 名乗り出たのは、従業員として参加していたネ族の男、ラクリだった。

「おいおい!お前みたいなチビっ子にアウフグースができんのかよ!」

「そうよ!それならさっきのおっきな子の熱波を浴びたいわ!」

 サウナ室内の参加者たちが声をあげる。ラクリはその言葉通り、有り体に言って小柄な青年だった。人間の基準で言えば、子供のような体躯と言っても差し支えないだろう。隣にだいたいいつも大柄なホロンがいるものだから、よけいに小さく見える。

「まあ見ててくれよ。ト族のねーちゃんほどではないかもだけど……今までと全く違うアウフグースが、できるかもしれない!」

 それでも、ラクリは自信ありげにピンクの鼻をこすった。


「さっき、アミサが『特別な道具がない』って言ってたのを聞いて、思いついたんだ。他の場所にはなくても、ここにならある道具があるって」

 少しして、サウナ室を飛び出したラクリが、何かを大量に抱えて戻ってきた。

「ええっと、あれはなんでしょう?手に握れる程度の……何かの『機械』でしょうか。メッツさん、わかりますか?」

「うーん。書物で読んだ『銃』の形に似ていますが、あれは武器と聞きますし。一体何をするつもりなんでしょう」

 ラクリは小さな体でストーブに水をかけると、手に持った『機械』を動かし始めた。ぎゅーん、と控えめな音が、取っ手のついた『機械』から放たれる。

「ラクリさん、その『機械』は?」

「これは、髪の長い人間の女性や、ク族やネ族、他にもたくさんいる毛の長い種族が、体を乾かすための装置……『ドライヤー』です。ここから風が出て、髪や毛を乾かすのを助けてくれるんです」

 手に持った装置がメッツに向けられると、確かにそこから風が出ているようだった。メッツの黒髪と、ハラウラの耳が揺れる。

「これ一つでは、小さな風しか起こすことはできない。でも、作った全部をいっぺんに動かせば……!」

 ラクリは、抱えてきた多数のドライヤーをつぎつぎに起動しては、控えていたホロンにもたせていく。小さな音はいくつも重なり、大きな風のうねりになっていく。そして……。

「いくぞーっ!」

 風の吹出口をストーブにむけたまま、ロウリュをする。一気に、室内の空気が撹拌される!

「うわっ、すご!タオルも振り回してないのに、すごい熱波です!」

「これは、面白い!絶え間ない熱波が押し寄せる!」

 大量のドライヤーによる熱風は、タオルを振ることで発生するものと違い、途切れることなく均一に行われる。熱波を当てることよりも、熱風を循環させることに特化したそれは、まさに新しい発想から生まれたアウフグースだった。

「うはははは!すごいぞ、俺のドライヤー!」

 ラクリは熱風の渦の中心で誇らしげに笑い、じゃんじゃん水をストーブにかけていった。しっかりと熱された参加者たちが、一人また一人とサウナ室をあとにしていく。ラクリのアウフグースは大成功のように思えた。が、しかし。

「……あれ、出力が落ちてる……?うそお」

 ドライヤーのたてる音は少しずつ低くなっていき、ついには完全に止まってしまった。

「メッツさん、これはいったい……?」

「なんでも僕に説明させないでください……おそらく」

「おそらく、動力源になっている『電気』がきれたんだ……あんなにいっぺんに動かすのは、初めてだったからね」

「……説明させてもらえないと、それはそれでちょっと寂しいのですが。ハラウラさん……」

 まだまだ熱波を受けたりなかった参加者たちからは残念そうな声があがる。しかし、それよりもラクリの挑戦を称える声のほうが大きかった。

「いやあ、あんな『機械』を使うなんて!小さくてもやるもんだな」

「こんどは、最後まで動かしてね!」

 拍手に見送られ、ラクリは少し悔しそうに笑いながら、自身も水風呂に向かっていった。

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