ラクリとホロン、サウナに加わる ①

「いやあ、サウナってのは最高だな。また来るよ」

「ありがとうございました」

「こんどは友達もつれてくるわね」

「またお越しください」

「楽しみだなぁサウナ、一族の間でも話題だから気になって来ちゃった」

「ごゆっくりお過ごしください」

 大盛況だった。『サウナ&スパ みなの湯』は人間・魔族双方に口コミで評判が広がり、どんどん客が増えていた。今や、週末には魔族と人間が並んでサウナの前に列をつくるほどである。ユージーンがもたらしたサウナ文化は、着実に人間にも魔族にも根付いていった。

 しかし、同時に問題も起こっていた。施設のほうが、客の数に対して小規模になってしまったのだ。館内が混み合えば、サウナ室や水風呂にも待ち時間が発生し、快適な導線を阻害する。それに加えて、利用者が多種多様になったことで、

「ねえ、ク族の抜け毛で排水が詰まってるのだけど」

「これはネ族のやつのだろ?」

「あのさ、水風呂もっと温度低くならない?」

「水風呂の温度低すぎる!ぬるめのがいいなあ」

「外気浴スペースのイスが足りないんだけど!」

「あのおばちゃん、ずっと洗い場独占してる」

「でっかいヤツが入ると水風呂の水ぜんぶ溢れちゃうじゃん!」

「お、溺れる!この水風呂、深いっ!」

 体格や性質に差がある魔族たちから、様々な不満や要望が集まるようになっていた。ユージーンは一度対策を考えるべきだと思い、その日は午前中で営業を止めてハラウラと話し合うことにした。

 夕方、店じまいの作業をしていたユージーンの耳に、ドンドンと扉を叩く音が聞こえてきた。

「……何だ、今日は休みだぞ」

「頼む!開けてくれ!」

 切羽詰まった甲高い声が聞こえたので、ユージーンは扉を開ける。すると目の前にふわふわの壁があった。

「ああ、助かった!よしホロン、入るぞっ」

「……!」

 ふわふわの毛皮の壁の下のほうから声がして、同時にそのふわふわが室内に押し入ってきた。

「うおっ、なんなんだ、お前っ」

 それは、大柄なユージーンを超える大きさの、狼のような魔族だった。おそらくク族だろうが、ここまで大きなものは見たことがない。声はその足元からしたので、目線を向けると小柄なネ族がいた。ハラウラと同じぐらいか、耳がないぶん彼女よりも小さい。奇妙なポケットだらけの服を着ている。

「……」

 ク族のほうは礼儀ただしいが、いかんせん体が大きすぎるせいで、狭い番台の前を通り抜けるのがやっとだ。ネ族はその足の間を器用にすりぬけ、店の奥の休憩スペースに駆け込んだ。番台とふわふわの壁(ク族の腹)にはさまれながらユージーンが聞く。

「お前ら、一体なんなんだ」

「悪かったな、急におしかけて。俺はラクリ、この子はホロン。頼む、しばらくの間ここに置いてくれないか?」

 頭を下げるネ族――ラクリに、ユージーンは「前にもこんなことがあったな」と思うのだった。


 あとからきたハラウラといっしょに話を聞くと、彼らは行く宛をなくしていたところに、人間と魔族がいっしょに経営する『みなの湯』の噂を聞いたのだという。

「宿泊ではなく、ここで働きたい、と」

「ああ。悪いけど、金は全くないからな」

「ふうん……それで、なんで群れから出てきたんだい……」

 ハラウラは体格差のありすぎる二人を交互に、いぶかしげに見た。ク族もネ族も、それぞれ種族内での結束が強く、追い出されるということはほとんど聞かない。ハラウラは、彼らが犯罪者である可能性を疑っていた。

「……」

 ホロンは全員の頭上で、もじもじと両手の指を絡ませる。ふわふわの毛皮に覆われていて、目元や表情は伺い知れない。

「まあ、そうか……言わなきゃ信用してもらえねえよな。俺は、群れを捨てたんだ。仕事のやりかたについていけなくなってな」

 ネ族はクリスタルの採掘と加工を得意としており、多くの者が群れを作って鉱山での採掘を行っている。ユージーンも過去に交流があり、『みなの湯』で使っているクリスタルはネ族に格安で譲ってもらったものだった。

「で、この子……ホロンも同じだ。こんなナリで、力も強いけど、内気で優しい子だから戦いが嫌いで。それで、群れから逃げ出した」

 ホロンがうなずき、ラクリの言葉を肯定した。ク族は群れの上下関係に厳しく、また戦に出ることを誉とする文化のため、『力持ちなのに戦わない』というのは相当白眼視されることだろう。

「気になるところはあるけど……ウソをついては、いないみたいだね……どうする、主人。人手はほしかったところだけど……」

 ユージーンはしばらく考えて、ラクリに尋ねた。

「そっちのク族は、力仕事ならなんでもできそうだが、お前はどうだ?何ができる?」

「へへ、よく聞いてくれたな」

 ラクリはピンク色の鼻をこすると、背嚢と服のポケットを漁って、金属でできた四角い箱のようなものを机に置く。怪訝なユージーンとハラウラの視線を受けながら、箱についた突起を押すと、ぼぼぼぼ、という音ととともに、箱の側面から熱風が吹き出した。

「うわ、なんだこれ……!」

 ハラウラは驚いて、イスから飛び退いて耳を後ろに倒した。

「……これ、もしかして『機械』か?『電気ストーブ』とかと同じ?」

「へえ、兄さんよく知ってるね」

 ラクリはいたずらっぽく笑った。

「俺、『メカニック』なんだ。こういう機械なら、なんでも作れるよ」

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