第41話 作戦実行
「
ミン・ジウは、ボス兄達が遺体を引き取りに警察署に向かう際、リビングですれ違いざまにブラの中のコカインを1包、誰かのズボンのポケットにねじ込んだと告白した。
(第17話参照)
「持ち物検査で見つかっていればの話ですけど」
肩をすくめるが、麻薬がらみの犯罪が多い、この地区の警察署は麻薬探知犬が配備されていると知っていた。
腹の出たジジィが犬に吠えられ、身に覚えのないコカインがポケットから出て来る。
「さぞ、驚くでしょうねー。想像すると笑えません?」
「お、お前、あの時……」
親父達をミン・ジウと見送ったアッシュは、そんなスリの反対みたいな技を、あの短時間にしていたとは気付きもしていなかった。
「“スリ入れる” と、言うのだそうですよ」
ふざけたアイドルTシャツを着て、楽しそうに目を細め肩を揺らす女を誰もが信じられないと見つめる。
「ね? 時間を稼いであげたのですから、有効に使って下さい。では、アッシュ、帰っていいですね?」
「あ、ああ……」
「アッシュ!」
側近の男は、まだ納得していない様子だった。
立ち尽くしている金髪の男達は、痺れを切らす。
「お前、頭が悪いな! こんな女、とっとと出て行った方がいいに決まっているだろ!」
「そうだ! なにを迷うことがある⁈ 早く約束するんだ!」
「お前らー……」
誰に向かってそんな口を利いているんだと、側近の男は
若い金髪男の中には、口約束をとりあえずしておけばいいと思う
アッシュもまた、迷っていた。
帰っていいと返事をしたものの、それが自分達の組織にとって有益かどうか分からない。
味方にしたい気持ちも残っている。だから、側近の男に『追うな』と、命令を下せない。
もし、従わせることができなければ、腹心の部下を失うことにつながる。
この場にいる自分側の男達も、トーイ派の金髪男と一緒に女を行かせろと叫んでいる。
迷えば迷うほど、部下達の心は離れ始めていると感じた。
(トーイより先に即答すべきだった……)
もっと早い段階で決定して、あたかも主導権を握っていると装っておくべきだった。
そんなアッシュの
たかが女に、アッシュを失脚させるわけにはいかない。
愚かにも、側近の男はリビングの真ん中に立つ女をソファーの影に押し倒し、狙撃手を撤退させようと考えた。
片足に体重を掛け、立ち上がろうと
獲物を狙う目で女を
(な、なんだ⁈)
リビング全体に、レーザーサイト(光学照準器)の赤い点が、あららとあらゆる方向から注がれた。
側近の男だけではなく、その場にいる誰もが息を飲み身構える。
真っ白な壁や床だけではなく、男達の体や頭にもレーザーの赤い光のドットが多数、狙いを定めていた。
(うわぁお、派手だね〜)
ミン・ジウが見回すと、キッチンや階段にも赤い点が見える。
思わず大きな笑い声をあげてしまう。
「もー、やることが派手でスミマセンねー」
笑い涙を拭きながら、凍り付いたように固まる男達にペコリと頭を下げ、ミン・ジウは窓に向かい右手を握って上げた。
それを合図に、一斉に赤い点が消える。
(本当、優秀ですこと……)
満足気に窓の外に向けて目を細める女に、声を掛けられる者などいない。
「さて……では、約束を忘れないように。さようなら〜」
安物の黄色いビニールバッグを肩に掛け直す。
男達の視線を浴びながら、颯爽と立ち去るには格好のつかない服装だが、仕方がない。
ミン・ジウは窓に背を向けて、顎を上げ、
その時、低い声が響いた。
「待て」
振り向くと側近の男が立っている。
なにを考えたのか知らないが、おおかた、このまま女を行かせてしまうのが
(ああ、おバカさん……)
ミン・ジウは外の狙撃手に自分の指示がまだ生きていることを祈りつつ、窓から顔を
それが合図のように、リビングの窓が砕け散り、凄まじい数の銃弾が撃ち込まれた。
男達は悲鳴を上げて、床に突っ伏す者とドアに殺到する者で混乱する。
ソファーに座ったまま、飛び交うガラス片やコンクリートのカケラに顔をしかめるアッシュは、その
逃げ惑う男達が悲鳴と血飛沫を上げて目の前で倒れても女は顔色ひとつ変えず、すでにただの壁の穴になったガラス窓に背を向けて立っていた。
女の髪は荒れ狂う空気の動きに合わせ、まるで踊っているかのように乱れていたが、女は微動だにせず、そして、女自身には銃弾が当たらない。
まるで女の周りにだけ静寂が訪れているようだった。
アッシュは、一瞬、女があまりの恐ろしさに身動きが取れないのかと思った。
しかし、女はゆっくりと視線を動かしていた。
途切れることのない銃声と、銃弾が奏でる空気を引き裂く音の中、
アッシュは息をするのも忘れ、しかし、邪魔な髪をかき上げて女を見上げる。
そして、そんなアッシュに気付いた側近の男は床に伏せながら、女を呼び止めた自分の行動を心の底から後悔していた。
女は何度も関わるなと警告していた。それを無視した結果がこれだ。
背中に、首筋に、粉々になったなにかがバラバラと降り注ぎ続ける。
ただ、耳をつんざく音が早く止まってくれることを祈るしかなかった。
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