第18話 JK


「ただいまー。アッシュいる? ねえ、あんたの手下を学校によこすのやめてって言ったじゃ〜ん。パパが死んだって本当なの?」


 場の空気と違う少女が慣れた様子で入って来た。


(ただいま?)

 

 ミン・ジウはソファーから振り向く。


 死んだボスをパパと言う少女は、近所の高校の制服を着ていた。しかし、それが今時の流行なのかスカートが異常に短い。


、なんなの?」


 ガムを噛みながら無遠慮にミン・ジウに人差し指を向けた。


「こら、人を指差すんじゃない。ボスとトーイが撃たれた。だから迎えを行かせたんだ」

「え、トーイも死んだんだー」

「殺すな。この……トラブルがトーイを助けた」

「トラブル? 変な名前」


 まったくと、アッシュは天を仰ぐ。


 先ほどのジジイ達といい、この行儀の悪い小娘といい、No.2 の仕事は大変そうだと同情の目を向ける。


 アッシュは、大きなお世話だと目で言い返し、そして、良い事を思い付いたと悪い笑顔を見せた。


「スレイポウ、お前の大好きな韓国人だぞ」


「え!」と、無作法な小娘は女を見て、一応、作法は心得ているつもりのミン・ジウはアッシュを見る。


 まさか、どうして国籍がバレたのかと目を見開くとアッシュは大笑いをした。


「正解だったか!」と、腹を抱えながら、スレイポウと呼ばれる小娘は最近の韓流ブームにハマっていると言った。


「韓流じゃないって言ってんの! K-POPよ! ケーポップ! トラブル、来て!」


 なぜだか、すごくイヤーな予感がしながら、クメール語で『末っ子』を意味するスレイポウに手を引かれる。


 アッシュはいい子守ができたと、ほくそ笑んで見送った。






 スレイポウの部屋は2階のトーイの部屋の並びだった。


 1歩足を踏み入れた瞬間、嫌な予感が大当たりしたと眉をひそめる。


 部屋中に息子の父親・アイドルのジョンと、そのメンバー達のポスターが貼られていた。


 ベッドの上には巨大なジョンのクッションが鎮座している。  


(あらー、そんなグッズもあったんだー。今度、買ってあげよう)


 最近、あまり会えない父親を恋しがるようになった息子を想う。


 天井にもポスターが貼られ、扇風機やキーホルダー、文房具、化粧品など、ありとあらゆるグッズが足の踏み場もないほど転がっていた。


 ふと、ドアの裏に人の気配を感じた。


 ドアを当ててしまったかと「すみません」と、頭を下げて仰ぎ見ると、それはアイドルメンバーの1人、テオの等身大パネルだった。


(テオ! こんなところで……お久しぶりー)


 元カレに挨拶を済ませ振り返ると、スレイポウはニコニコと写真集を持って立っていた。


「このグループ知ってる? 当然、知ってるわよね」


 当然と言われても、返事に困る。


 韓国人でなくても、アイドルにうとくても、世界中のテレビやCMで何かと目にする彼らを知らない人は少ないだろう。


 自分が韓国人だとバレてしまった今、知らないと言えばスレイポウの目には不自然にうつるはずだ。


 子供といえども女の勘は鋭い。


 少しだけ知っているフリをする事にした。


「そうよねー。知らない人なんていないわよねー。誰がリーダーか分かる?」

「えーっと……」


 6枚目のアルバムのミュージックビデオで、壁に英語と日本語の歌詞を書いたのは私で、英訳を手伝ってくれたのはリーダーのゼノだったなぁと、懐かしく思い出すが、それは言わないでおく。


「年上に見える、この人ですか?」

「当たり! 彼はゼノって名前なの」

「ゼノ」

「そう。この子は知ってる?」


 セスを指差した。


 ファンとはいえ、女子高校生にこの子呼ばわりされていると知れば『バカかっ』と、言い返してくるだろうな。


 そんな事を考えていると、スレイポウは分からないととらえたようだった。


「セスよ。セス。この子が作詞作曲をしているの。アイドルのセルフプロデュースはこの子から始まったのよ」


 嘘だ〜。今でこそ全てがセスの楽曲だが、デビュー当時は作曲家のパン・ムヒョンの作品ですよーと、声を大にして言いたい。


 でも、我慢する。


「そ、それは才能がある方なのですね」

「そうなのよ! 彼は料理も上手くて器用なの。でも、彼女ができちゃったのよねー」


(器用? ああ、確かにジョンの靴下を縫ってあげていた。今はユミちゃんの靴下を縫ってあげているのかなぁ)


 今度、韓国の友人・ユミちゃんに電話した時に聞いてみようと記憶しておく。


「この天使様は? 知ってる?」


 見なくても分かる。ノエルのことでしょと、スレイポウが広げる写真集を見下ろすとピンクの髪のノエルが目に飛び込んで来た。


「うわ、懐か……な、な、馴染みのない髪の色ですね」

「似合うでしょ? ここまでピンクが似合う人はいないわよねー。でも、この天使様はゲイなのよ」

「ゲイ⁈」


 JKからその単語が出てきたことにもビックリだが、ここまで言い切るかと、思わず顔面がかたまってしまう。


「見て分かんない? このテオと幼馴染みなんだけどノエルが嫉妬したりテオが嫉妬したり、いつも2人でイチャついているのよ」


 あー、ノエルの彼女のシンイーさんは元気かなぁと、遠くを見る。


「でもね……」


 スレイポウは声をひそめた。


「テオは両刀りょうとうみたいなのよ」

「ええ⁈ 」

「ね、驚くでしょー!」


(うん、違う意味でね!)


 んんっと、咳払いをして努めて冷静に聞き返す。


「両刀の根拠はなんですか?」

「それはね、テオは熱愛報道されたことがあるの!」


 ああ、なんだ、その事かと脱力する。


 ミン・ジウと知り合う前、テオはある女優の売名行為の餌食えじきにあったのだった。


「何よ。知ってたの?」

「いえいえ、そういえばそんな報道もあったなぁと」

「やっぱり韓国でも話題になったのね。美少年で1番人気だったから炎上したんじゃない?」

「あー……あまり知りません」


 テオが人間不信に陥り、しばらく人と関われなくなっていたことは伝わっていないようだった。


 さすが代表の箝口令かんこうれいは完璧だと舌を巻く。

 

「スレイポウのしは誰ですか?」


 自分から話題を振ってしまうとは、なんたる失敗。この部屋を見れば一目瞭然なのにと、ミン・ジウは心から後悔することになる。


「ジョンよ。この子。通称、筋肉ブタ。1番年下で末っ子なの。見てー、可愛いでしょ〜」


 ベッドにダイブしてクッションのジョンに口づけをするスレイポウは完全に恋をしていた。


 一緒に仕事をしていました。なんと、テオと恋人同士でした。しかも、あなたの推しの子供を産んじゃいましたとは、口が裂けても、天地がひっくり返っても絶対に言えないし、悟られてもいけない。


(これはギャングの抗争よりも面倒臭いことになった…… )


 部屋中から笑顔を向けるメンバー達を、無責任に笑ってんじゃねー!と、血の気が引いた顔で理不尽ににらみ付ける。

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