第19話 スレイポウ


「ところで、トラブル。あんた臭いわよ」


 スレイポウは自分より明らかに年上の女性に向かって容赦なく言う。


『末っ子』の意味を持つスレイポウという名前を聞けば、ただ可愛がられて来たのだろうと推察できた。


 ギャングのボスの娘として、家でも学校でも甘やかされてるのだろう。


 アッシュだけは、ワガママさをどうにかしようとしているようだったが、周りが許しているのだから焼け石に水だ。


「臭いですか?」

「うん、臭い」


 汗と埃と硝煙しょうえんの臭いが混じり、鼻が効かない。


「シャワーを浴びるといいわ。着てない服を貸してあげる」


 スレイポウがタンスから取り出した洋服は、くしゃくしゃに丸められたTシャツだった。


 あまりにもシワシワで、一瞬、言葉を失う。


「あ、ありがとう」

「あと、短パンも。あ、下着もない?」


 普通は下着は人に貸さないと思うが、スレイポウは気にしていなかった。


 トラブルと名乗る女の素性を探りもせずに、しの話をして満足した末っ子は機嫌が良い。


 ポンと、これまた、しわしわのパンツとブラジャーを投げてよこし、部屋の一角のシャワールームを指差した。


 お嬢様の部屋はシャワー付きなのかと、ありがたく浴びさせてもらうことにした。


 アッシュに銃身で殴られた傷は、濡らしても出血しなかった。


(正常な血液は優秀だわー)


 砂まみれの髪も洗い流し、さっぱりしたところで、パンツを広げ、目を疑った。


 お尻の部分にプリントがほどこされているが、それは、やらされてる感満載のセスの笑顔だった。


「セスのパンツ!」


 思わず声に出てしまう。部屋にいるスレイポウに聞こえたかと口を塞いだ。


(こんなグッズ、本人が許可しない! 代表の仕業……いや、これは正規品じゃないな)


 安物の既製品に無断でプリントをして倍以上の値段で稼ぐやからが後を絶たないと、代表が嘆いていたことがある。


 まさかと思いながらブラジャーを指でつまんで目の高さまで持ち上げると、片方の胸でゼノが凛々しい顔をして、もう片方の胸でノエルが流し目でこちらを見ていた。


(アイドルブラジャー!)


 怖い。見るのが怖いと、顔を背けながらTシャツを広げると、案の定、テオがドアップで笑顔を振りまいていた。


(ああ……ギャングのアジトでまさかの罰ゲーム……)


 しかし代わりがないので、仕方がなく半泣きで身にまとう。


 そういえばジョンがいないと短パンを探すと、すその隅にサインが入っているだけだった。


(あ、これは正規品だわ)


 なるほど、しのグッズはちゃんと買うのねと、感心しながら明らかにサイズが大きいブラの位置を直す。


 部屋に戻ろうとドアノブに手を掛けると、男の声がした。


 耳をすませて盗み聞きをすると、スレイポウが、お兄ちゃんと呼んでいる。


(トーイか……あれほど歩くなと言っておいたのに……)


 バンッと、わざと大きな音を立ててシャワールームを飛び出した。


 トーイは謎の女が妹の部屋にいるとは思わず、目を見開くが、その目は真っ赤になっている。


 そして妹に父親の死を知らせていたと言う。


「俺が親父の跡を継ぐから」


 真剣な顔をして妹を安心させようとする兄に対して、その妹は信じられない言葉を口にした。


「はあ? あんた、ボスになんてなれんの? アッシュでイイじゃん」


 兄の硬い決心を一蹴し、妹はミン・ジウのTシャツに目を留める。


「うわー! テオの顔、シワシワー!」

  

 あんたがきちんと畳んでおかなかったからでしょと思いつつ、今にも泣き出しそうなトーイに向かう。


「トーイ、歩いてはいけません。傷が広がってしまいます」

「ああ。だけど、妹と話さないと」


 その妹は、我関せずとミン・ジウのシャツのしわを手で伸ばしている。


「ジジィ……叔父さんがお父さんの遺体を引き取りに警察に行きました。今はケガを治さなくては」

「あ、ああ……分かった」


 トーイは大人しく謎の女に従い、部屋を出ようとする。


 すると「ねえ、お兄ちゃん」と、唐突にスレイポウが兄を呼び止めた。


 脇腹を押さえて父の死を知らせに来てくれた兄に対し、あまりにもひどい態度だったと反省したのか神妙な顔をする。


「あのね、パパは好きでボスをやっていたけど、お兄ちゃんはそうじゃないでしょ? ボスの息子だからってボスにならなくちゃダメなの? それにギャングなんて、お兄ちゃんには向いてないよ。痛いこと、嫌いでしょ?」


 トーイは妹を見たまま答えることができない。それでも絞り出すように自分の意見を口にした。


「俺が継がなけりゃ、叔父さんが次のボスになる。そうなれば俺もお前も追い出されるかもしれない。お前は学校をやめなくちゃならなくなるかもだろ? アッシュだって同じさ。俺はアッシュが好きだけど……他人だ」


 ミン・ジウは坊っちゃんを見直した。


 チャラチャラした情けないお坊っちゃんかと思いきや、なかなか妹思いのいい奴じゃないか。


 思わず感動していると、妹は核心を突いてきた。


「そういう所が向いてないって言ってんの。なにがアッシュは他人よ。ファミリーって意識のない奴がどうやって組織をまとめて行くの? 私達2人でギャングするわけ? そういうのが得意なアッシュに任せて、私達は今まで通りに暮らせばいいじゃない」

「でも、親父おやじ達が……」

「何よ、あんなじいさん達。それこそアッシュとお兄ちゃんが協力して叔父さんを黙らせれば済むことじゃない」


 思わず大きくうなずいたのを2人に見られる。


「ほらね、赤の他人から見てもそうなのよ。アッシュに任せておけばいいのよ」


 女子の方が精神年齢が高く、その中でもスレイポウは早熟なほうだと感心する。


 しかし、お兄ちゃんは、アッシュをす妹の性格をよく知っていた。


「お前……アッシュに何を買ってもらったんだ?」

「てへっ。この、アルバム全部〜」


 スレイポウはバレたかと舌を出しながら、メンバー達の最新アルバムのすべてのバージョンが並ぶ棚を指す。


(うわ、1人1人の表紙で5パターンあるんだ。中身は同じクセに。相変わらずガメついねー、代表は)


 ミン・ジウは、元カレがプリントされたシャツ姿で腰に手を当てる。小娘は、さらにとんでもないことを告白した。


「これは保存用で、こっちが観賞用なの」


 つまり未開封のまま飾っておくだけのモノと、開封して中のポストカードなどを楽しむモノに分けて買ったという事だ。


「10枚か⁈ 10枚も買ってもらったのか⁈ 」

「うん!」


 確かメンバー達のアルバムは50ドル前後はしたはずだと、ミン・ジウの口はトーイと同じようにポカンと開いた。


「アッシュ……甘やかさないでくれと言っておいたのに」


 トーイは頭を抱えるが、ミン・ジウには組織の金を管理するアッシュがスレイポウを甘やかすとは思えなかった。


(500ドルもの大金を女子高生に使った意図はなんだ……?)


 これはなにかあると、眉間にシワをよせてサイズの合わないブラをグイッと下げる。

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