第20話 誰よりも恐ろしい


 トーイを部屋に連れて行くと、トーイ派の男達は心配顔で待っていた。


「スレイポウはなんて?」

「バカっ。傷の心配が先だろ!」


 トーイは大丈夫だと、力なく笑う。

  

 自分をリーダーだと慕ってくれる仲間達に、気の強い妹の考えを伝えた。


「トーイがボスに向いてないなんて! スレイポウは分かってない!」

「いや、アッシュを失えば敵になるかもしれないぞ?」

「そうだな。今はアッシュと協力して……」

親父おやじ達を排除するのか⁈ ボスの兄貴だぞ⁈ 」

「トーイはボスの息子だ!」

「いや、スレイポウの言う通り、今は時期尚早じきしょうそうかもしれない」

「難しいこと言って誤魔化そうとしてるだろう!」

「バカが」

「なんだとー!」


 トーイは、口々に言いたいことを言って今にもつかみ合いを始めそうな仲間達に頭を振って「痛た……」と、ベッドに横になった。


「皆んな、喧嘩しないでくれよ……」


 トーイは懇願こんがんするようにつぶやく。


 ミン・ジウはトーイ派の男達の一触即発いっしょくそくはつなようすに、アッシュの目的はこれだと、ピンと来た。


 ただ甘やかす為に女子高生に500ドルもの大金をつぎ込むわけがない。


 妹思いの兄は妹の言うことを聞くかもしれないが、しかし、それはボスの座をアッシュに譲るということだ。


 世襲制が根強く残るカンボジアで、血筋から見ればアッシュに勝ち目はない。一枚岩ではない自分の派閥の者達は、いつでも寝返る可能性があると踏んだのだろう。


(相手にそうとは悟られずにコントロールしている……)


 息子の父親が所属するアイドルグループには、エンパスという力を持つ者がいる。


 エンパスとは他人と共感する力の強い人のことだが、その力を持つ、スレイポウが天使様と呼ぶノエルは相手が望む言葉を投げ掛け、思いのままに操る事ができた。


 アッシュにもエンパスの力があるのかもしれない。


 その力がさらに強い、もう1人のアイドル・セスは、他人の感情に影響され、同調しすぎて苦しむこともあったが、アッシュにその症状は見受けられなかった。


(多少の力といったところか……いや、そんな力はなくても他人を操るのが得意な奴がいたなぁ)


 かつての雇い主を思い出す。


 小さな芸能事務所の代表は、元・軍人で人心掌握術に長けていた。


 訓練の賜物なのか生まれ付いた特性なのかは知らないが、スレイポウを丸め込んで味方に付け、しかもライバルのトーイの情報も筒抜けになる一石二鳥を狙うところなど、アッシュにも同じ匂いを感じた。


(トーイにもジイさん達にも勝ち目はないな)


 ミン・ジウは言葉にはもちろん、態度にも出さないようにしなくてはと肝に銘じる。


 




 トントンとノックされ、ボーボー(カンボジア粥)をお盆に乗せた少年がくったくのない笑顔で入って来た。


「お待たせ。焦がしちゃって作り直していたから時間が掛かっちゃったよ」


 少年はトーイのベッドにお盆を乗せる。


 熱々の湯気の立つ鍋から、良い匂いが部屋中に行き渡った。


 若者達のお腹がグ〜と、順番に鳴る。


 ミン・ジウも例外ではない。思わずへこんだ腹を押さえた。


 すると、トーイはTシャツにプリントされたテオの顔がミン・ジウに似ていると指を差した。


「ほら、あんた。この角度だと韓国のアイドルに似て見えるぞ」


 慌てて手を離して「そうですか?」と、取り繕う。


 テオのプリントの顔は数年前の物で、ミン・ジウがテオと1番似ていると言われた時期と重なる。


 スレイポウに気付かれれば、勘のいい彼女には、かつての関係までとは行かなくても、何かしらの疑惑を持たれてしまうかもしれない。


 親戚を装ってツアーに同行をしたこともあるのだ。


 今、1番稼いでいるアイドルの身内などと疑われれば、それこそ身代金目当ての人質になってしまう。


 ある意味、身内とも言える彼等を絶対に巻き込んではいけない。


 それは息子の存在を守る為でもある。


(えっと、私は何と何に注意を払っておけば良いんだっけ?)


 少年から粥を分けてもらい、すすりながら頭の中で整理する。


 まずは息子の存在。そして自分がテオに似ているという事実。息子の顔が割れれば父親(ジョン)と瓜二つの息子は、すぐにメンバー達と結び付けられてしまうだろう。


 そうなれば息子はメンバー達をおびやかす恐喝の材料になる。


 坊っちゃん派の連中は息子を傷付けたりしないだろうが、アッシュは銃身で女を殴り飛ばした。


 ジイさん達も女を見てすぐに金になるかと算段した奴らだ。


 息子の存在を隠し通して自分1人が死んだとしても、テオの身内だと疑われてからでは遅い。


 死体でも充分に人質になるのだ。


 メンバー達の事務所に電話さえすれば、彼等は大金を手に入れることだろう。


 死んでからもトラブルを起こしやがってと、悪態をく代表の顔が浮かぶ。


(うわー、絶対にあの人は私の墓に唾を吐くわー)


 ここにいるギャングの誰よりも、国で真っ当な芸能事務所を営む代表の方が恐ろしく感じた。


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