第21話 立派な貧乳


 ミン・ジウは美味しいお粥に舌鼓したづつみを打ち、お礼にキッチンで皿洗いをかって出た。


 トーイ派の男達は、謎の女の警戒をすっかり取り払い、冗談を言いながら手伝ってくれる。


「そういえば、この家には女性はスレイポウだけなんですか?」

「いいや、普段は親父おやじさん達のカミさんが家事をやっているけど、昨日あんな事があったから女達は家に帰したんだよ。危ないからって」

「なるほど。皆さんは庭の離れで寝泊まりしているのですね?」

「そう。家賃は取られないし、ご飯はもらえるし、仲間はいるし。最高だよ」


(でも、それは鉄砲玉だからと気付いているのだろうか?)


 家庭的な雰囲気の小さなギャング集団。


 シマを広げようと新しくオープンしたクラブでヤクを売る権利を奪い合っての抗争。


 それに運悪く巻き込まれた自分。


(あー、面倒臭い……早く、帰りたいなぁ)


 寝不足の頭を振り、首をコキコキと鳴らしてため息まじりに洗い物を続ける。






「スレイポウ、そんな物、食べてないで大好きな韓国料理でも作ってもらえよ」


ミン・ジウが振り向くと、アッシュがハンバーガーをかじるスレイポウに向かって言っていた。


 いつの間にそんな物を買って来たのかと思っていると、スーツの男の1人がアッシュにレシートを渡す。


「お? ああ……」


 戸惑いながら受け取るアッシュにスレイポウは、なによと、口を尖らせる。


「ママ達がいないんだから、お昼代くらい出してよね。あんたが追い返したんだから」


 ママ達? なるほど、アッシュが女達を家に帰していたのかと納得をした。


 ポテトをチリソースに付けてしゃぶるスレイポウに、Tシャツのプリント・テオをさりげなく隠しながら、あなたは怖くないのかと聞く。


 スレイポウはハァ?と、小馬鹿にした目を向けた。


「怖い? なんでよ」

「敵や警察が乗り込んで来るかもしれませんよ?」

「だからなによ。ここは私の家なの。こいつらといるからって一緒にしないでよね」


 度胸があるのか無鉄砲なのか。


 アッシュはジャジャ馬娘にお手上げだと肩をすくめた。


 それに眉をあげて同感だと伝え、ジャンクなJKに再び声をかける。


「スレイポウ、何か作ってあげましょうか?」

「あのね、トラブル。アッシュには何度も言ってるけど私は彼等アイドルが好きなだけで韓国が好きなわけじゃないの。分かる?」

「ああ、だから韓流じゃないと言っていたのですね」

「そうよ。韓国料理なんて辛いだけでクソ不味いじゃない」

「美味しい物もありますよ?」

「それは、あんたの口に合うだけよ。キムチなんて腐ってるじゃない!」


 熟成キムチでも食べさせられたのかなぁと、同情する。発酵が進んだキムチはミン・ジウも苦手だった。


 では、日本料理は? と、聞きかけて口をつぐんだ。


(危ない……アッシュの前で、余計なことは言わないようにしなくては)


 育ち盛りの子供がファストフードなんてと思うが、自分もチョコレートケーキしか食べていない時期もあったと思い直す。


(それでもこうして子供を産めるのだから、人間は減らないわけだ)


 他人事のように妙な関心をしていると、スレイポウはズズッとジュースをすすってトラブルの短パンを指差した。


「ねえ。その傷、どうしたの?」


 ミン・ジウの左足には細くて長い手術のあとが何ヶ所かある。傷の周りの皮膚は引きつって色が変わり、短パンでギリギリ隠れている膝は、左右の大きさが違かった。


「あー、昔、事故に遭って……その時の古傷です」

「痛いの?」

「いいえ、もう治っています」

「大丈夫?」

「大丈夫ですよ」


 遠慮なく聞く無神経さと、心配そうに顔を向ける優しさのどちらが彼女の本質なのだろうか。


 きっと、どちらも本当で、直球しか受け止めることができないクセに、変化球を使ってみたがるキラキラとした10代に目を細める。


 若いっていいなぁなどと、牧歌的に思っていると、見事に裏切られた。


「私のブラ、大きいんじゃない?」


 スレイポウはつかつかと歩み寄り、ミン・ジウが防ぐ間もなく真正面からバッとTシャツをめくり上げた。


 片方の胸のゼノの凛々しい顔と、もう片方の胸のノエルの流し目があらわになる。


「やっぱり、ブカブカね」


 授乳を終わらせて3年。息子に2年間吸われ続けた胸は、元のサイズに戻っていた。


「ブ、ブカブカではありません!」


 慌ててTシャツを下げる。


「貧乳じゃん」

「ひ、貧乳って……このクソガキ!」


 スレイポウの向こうでアッシュが口を覆って笑いをこらえているが、目は完全に笑っていた。 

 

 ひとこと言ってやらねばと、ビシッと指差す。


「そこ! 笑ってんじゃない!」


 スレイポウは振り向いてアッシュに同意を求める。


「アッシュも見た? 貧乳よね?」

「立派な貧乳だな」

「そんな言葉はない!」


 ミン・ジウは真っ赤な顔で、ずり上がったブラジャーをグイッと元の位置に戻した。


 スレイポウはケタケタと涙を流して笑いながら、ふと、目についたことを口にした。


「ねぇ、トラブルってテオに似てるわね」


(しまった……!)


 赤い顔から血の気が引いて行く。



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