第22話 うりふたご


「そ、そうですか?」


 よりによってアッシュの前でと、ミン・ジウの背中に冷たい汗が流れ、声が裏返る。


「言われたことない? ほら、アッシュも見てよ。似ているでしょ?」

「似ているというより……そっくりだ」


 バレたからには上手く話を合わせて誤魔化さなくてはならない。


 ミン・ジウは平静を装う。


「ああ、彼がテオなんですね。似ていると言われたことがあります。そんなに似ていますか?」

「うん。うり双子よ」

「ふたつだ。瓜二つ」


 スレイポウは、うるさいなぁと、アッシュを振り返る。しかし、すぐに向き直りTシャツのテオを引き伸ばしながら語った。


「この写真、けっこう前のなの。7〜8年前のテオだと思う。デビューして1年目くらいかなぁ。その頃のミュージックビデオあるわよ。見る?」


 断れば、かえって疑われる。


「見てみたいです」

「じゃあ、部屋に来て。アッシュも見る?」


 当然、断ると思ったがアッシュは首を縦に振った。


 スレイポウは2人が興味を持ったと機嫌が良くなり、ポテトとジュースを抱えて跳ねるように階段を登った。


 ミン・ジウは足に鉄の球でもぶら下っているのではと思うほど、重い足取りでついていく。


 スレイポウはスマートフォンではなく、自室のノートパソコンを立ち上げた。


「皆んなで見るからには大きな画面じゃないとねー」


 嬉しそうなスレイポウを見て、メンバー達の笑顔で散らかった部屋に友人を呼んだことはないのかもしれないと感じた。


 呼ぶどころか、学校では仲良くしていても強面こわもての男達が出入りする家に友人は寄り付かないだろう。


 そもそも友達がいるのかなぁと、大きなお世話を焼きたくなるが、自分も友人と呼べる人は片手ほどもいないので言葉を飲み込んだ。


 スレイポウはメンバー達のプロフィールからデビューまでの道のり、5人の関係性まで熱く語りだした。


 ミン・ジウは彼等を知り尽くしているが、それらの情報を始めて聞く演技をしなくてはならない。


 へー! と、大袈裟に相槌を打ちながらアッシュに気取けどられないように冷や汗を流し続けた。


 アッシュも興味があるのかないのか分からない顔で、大人しく耳を傾けている。


「では、ここでテオの熱愛報道の真相に迫ります!」


(ミュージックビデオ見て、終わりじゃないの〜)


 うんざりとした気持ちを苦手な愛想笑いで誤魔化す。


 スレイポウは2人が熱心に話を聞いていると誤解したまま、さらに熱弁を振るった。


「はい、まず始めはデビューして2年目のテオの熱愛報道の写真でーす!」


 ミン・ジウは若いテオと親しげに並んで歩く、その女優を知らなかった。


 私服でリラックスした雰囲気の2人を真正面から撮した画像に見入る。


 有名なカメラマンのアシスタントをしていたことのあるミン・ジウは、この二人の構図は隠し撮りでは不可能だと、すぐに分かった。


(なるほど。仕込みのカメラマンに写真を撮らせたのは明白なのに……世間は気付かなかったのか?)


 その答えはスレイポウがくれた。


「これね、テオの事務所が否定の抗議文なんかを出さなかったの。デビュー前からのファンがヤラセだって、すぐに気付いて事務所に代わって騒いだのよ。でもね『この美少年は誰だ⁈』って、違う意味で話題になったの。スタッフが撮ったオフショットだって分かって誤解は解けたんだけどね、ある意味、彼等の出世作になったのよ」


(素人が撮った写真じゃない。女優の顔に光が当ててあるし……テオが人間不信に陥って苦しまされたのに代表は抗議しなかったのか。利用されたから利用し返した。あの人のやりそうな事だ……)


 当時の落ち込むテオの様子が目に見えるようだった。


 可哀想にと胸が痛む反面、この写真そのものが代表の仕込みなのではと勘繰りたくなる。そのくらいの世論操作はお手のものだと知っていた。


 ジッと写真に見入っていると、2人の視線を感じた。


 顔を上げ、慌てて取り繕う。


「そ、そんなに私と似ていますか?」

「うん、そっくり。でも、トラブルの方がババァよね」

「バ、ババァ⁈ 」

「あ、年上って意味よ」

「分かってます!」


 アッシュが笑いをこらえて聞いた。


「いくつ、年上なんだ?」

「5つですけど!」


 勢いよく答えて、後悔に襲われる。


(しまった! 年齢がバレた!)


 またもやアッシュの策にはまり、国籍の次に年齢を把握されてしまった。平静を装うが背中の汗が止まらない。


 この為に、まったく興味のないスレイポウの話に付き合っていたのかと、アッシュの抜け目なさが身に染みた。


 アッシュはそんなミン・ジウから視線を外し、ボスの遺体が戻る前に終わらせてくれとスレイポウに頼む。


「OK。叔父さん達が帰って来たらお喋りできないもんねー」


 スレイポウは父親の遺体よりも、アイドル談義のできる、この時間が大切なようだった。


 恐らく、警察はこの機を逃すものかとボスの兄達から念入りに話を聞いているだろう。叩けば埃の出る連中だ。


 急ぐ必要はないのだが、ミン・ジウは早くこの話題を変えたかった。


 これ以上、アッシュに個人情報を知られる前に。


「続きまして」


 やっとミュージックビデオを見終わり、安堵したのも束の間、スレイポウはまたもや週刊誌の記事を示した。


「なんと、テオの疑惑はもう一つあるの。これは私達が発見したんだけどね…… 」


 週刊誌の記事は《メンバー全員でお持ち帰り⁈》とある。


(あ、これはマズい……)


 冷房の効いた部屋で、背中の汗がハンパなく流れ、ブカブカのブラジャーがびしょ濡れになる。


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