第17話 カマかけられてハマっちゃいました


 その愛想笑いに、ボスの兄は不愉快だと眉を下げた。


「トーイを助けてくれたことは感謝している。しかし、名を名乗らず、素性すじょうもしれないお嬢さんを手放しで歓迎はできないよ。君は何者なのか。正直に話しなさい」


 ミン・ジウは、アッシュと同じように茶化して誤魔化すのは無理だと感じた。


 これが年の功というやつか。


 重厚感のある視線に自白してしまいそうになるが、グッと言葉を飲み込んだ。


「私が素性を明かさないのはギャングと関わりを持ちたくないからです。成り行きでトーイの傷を治療しましたが、私は一般人です。彼の熱が下がったら家に帰ります」


 今は亡きボスの兄は、長いひげをなでながら、うーんとうなり、ジロジロと値踏みするような視線を送る。


「では、当ててみせよう。君は日本人だ。言葉のなまりが独特なんだよ」


 腹の出た取り巻き達が、おおーと、感心する声を出した。


 この声に気分を良くしたボス兄が続ける。


「銃の扱いに慣れているのは射撃の趣味があるからだ。そして、医者ではなく医大生だ。だから傷を縫うなど朝メシ前だったんだろ? 金のかかる趣味に金のかかる大学。クラブのオープンに招かれるくらいのお嬢様ってことだ」

「日本の財閥のお嬢様とかか!」

「すごい推理力だな〜」

「あんた、まだボケてないなー」

「冴えてるなぁ」


 ボス兄は長いひげの顎を上げて、ドヤ顔を見せる。


 日本の財閥は戦後、解体されましたけど!と、ツッコミたくなる気持ちを理性で押さえ付ける。


 ここはこびを売っておこうと、苦手な愛想笑いに思わせぶりなうなずきを添えてボス兄に献上した。


 すっかり気を良くしたボス兄は、ミン・ジウに頭の先から足の先まで、先ほどよりも、ねっとりとした視線を送る。


「一目見て、君には品があると思ったんだよ。決して成金ではない育ちの良さがワシには分かる」


 親の顔も知らない捨て子ですけどと言ったらどうなるのかぁと、余計な事を考えていると、比較的若い親父おやじがとんでもないことを言い出した。


「金持ちの娘なら身代金が取れるかもしれない」


 はあ⁈ こいつ何を言い出すんだ⁈ と、顔に出てしまう。


「日本人なら、確かに金払いが良さそうだ」

「あんた、ボケてないなー」

「冴えてるなぁ」


 クソボケジジィ! と、息子に聞かせられない悪態あくたいが口から飛び出そうとした時、アッシュが「報告します」と、入って来た。


 口を歪めておかしな顔をしたまま立ち尽くす女に同情の視線をよこし、ボスの居場所が分かりましたと言う。


(ああ、道ばたじゃありませんように……)


 ミン・ジウの願いは天に通じた。


「警察の遺体安置所です。検死が終わったので引き取っても良いとのことです」


 ボス兄は仰々しく天を仰いだ。


「おー! では、弟を迎えに行くとしようか! よいしょ、よい…… おい、誰か引っ張ってくれ」

 

 1人で立ち上がることもできない腹の出た老人にアッシュは手を貸した。


「よし、車を出せ!」

「用意させてあります。俺も付き添いましょうか?」

「いいや、それには及ばん! ワシが直々に弟を迎えに行くぞ!」

「いってらっしゃいませ」


 なぜか全員がゾロゾロとボス兄に付いて行く。


 ボス兄は、わざとミン・ジウをけずに真っ直ぐ進み、肩が当たらないようにミン・ジウは取り巻きの老人達が通り過ぎるまで、体をクルクルと回して避けるしかなかった。


 いったい、なんなのと、目を回すすんでのところで閉まるドアを見届ける。


 アッシュはうやうやしく下げていた頭を上げ、ドサっとソファーに座り込んだ。


 ミン・ジウは疑問を口にする。


「のこのこと銃殺死体を引き取りに行けば、警察の尋問を受けるのではありませんか?」

「だろうな。どちらかというと、あのジイさん達を相手に調書を作らなゃならん警官に同情するが」

「アッシュ……」

「なんだ」

「苦労しているのですね〜」

「うるせっ。人質は大人しく座りやがれっ」


 お言葉に甘えて高級なソファーに埃まみれの服を払って腰を下ろす。


「やっぱり、私は人質なんですか?」

「身代金を取ると言っていただろう」

「聞いていましたか。しかし、日本人だの面白い発想をする方達ですね」

「ふん。全部、ハズレだろ」

「ええ、まったくの見当違いです」


 そう言ってから後悔をした。


 アッシュは目を細める。


「日本人でも医大生でなく、射撃の趣味もなくて、お嬢様でもないってことだな」

「 ……ご想像にお任せます」

「中国人か韓国人の2択に絞られたな。医者や医大生でないなら看護師だろ。射撃は、まあ、昔の男にでも影響されてかじったってところか? その服はその男のプレゼントで、しかしバッグを買う余裕はなく安物。で、履き慣れたバイクブーツは普段オートバイに乗っている証拠。だから裏道に詳しかったんだ」


 アッシュの頭の良さに舌を巻きながら、ポーカーフェイスを装って、ご明察〜と、心の中で拍手を送る。


「あの辺りの裏道を使う可能性のある病院を片っ端から調べれば、お前と特徴の一致する看護師がすぐに見つかりそうだな」


 ニヤリと視線をよこす新しいボスに、かつての上司と似た気配を感じながら、背中に流れる冷や汗を見抜かれまいと、にっこりと微笑みを返す。


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