第16話 愛想笑い


 腕を引かれながらミン・ジウはアッシュに聞く。


親父おやじ達とは、どのような方達なのですか? 関係は? 良好? それとも敵対?」

「ボスの親類縁者だ。関係は良好も良好。酒代も何もかも組織の金を使いやがって誰のお陰だと思ってんだっ」

「あー、それは……とても良好な関係ですね〜」

「ボスの最期さいごを知りたいそうだ」

「そんなの知りませんよ⁈ 」

「俺もそう言ったが……まあ、年寄り達には苦しまなかっただとか適当に言っておけ。ほら、急げよ。年寄りは気が短いんだ」


 1階のリビングは天井まである大きな窓で広い庭を見渡せた。


 壁に掛かる絵画や豪華な調度品は、家庭的なこの家の雰囲気に似合っていない。

 

 良く言えば金持ち。悪く言えば成金といったところだ。


 お高そうな応接セットのソファーに、見事に揃いも揃って腹の出た年配の男性達がズラリと座っていた。


 女を見ても、誰1人として立とうとはしない。


 白いひげを長く伸ばしている、親父おやじというよりは老人に近い男が口火を切った。


「弟の最期さいごを見たのだね?」


 ボスの兄だと名乗る男に正直に話す。


「私が見た時はすでに事切こときれていました」

「ほう、どこでだね?」

「それは、俺が話しただろう!」


 アッシュはそんなことよりも敵対組織の対策を話し合わなくてはならないと、イライラする。


「ボスが死んだ今がチャンスだと狙ってくる可能性がある。新しいシマにも、あいつらを出入りさせないように交渉に行く必要がある。すぐに次のボスを決めなくては弱体化したと思われるぞ」


 アッシュの考えは非情だが、素人のミン・ジウが聞いても、もっともだと思った。しかし、ボス派のご老人達はボスの追悼が先だと言う。


「後継者が葬儀を取り仕切るのだよ。立派な葬儀を行い、偉大なボスだったと知らしめる。それこそが我々の組織が盤石ばんじゃくだとアピールすることになるだろう」


 その時、ミン・ジウはアッシュが言葉を飲み込んだと気が付いた。


 敬虔けいけんな仏教徒が多いカンボジアでは年長者をうやまい、目上の者の発言は絶対だった。


 それは組織の資金集めを担い、若者達を牛耳るアッシュも例外ではない。


 ボスがいなくなった今、どう見ても次のボスは他の組織からもNo.2 と呼ばれるアッシュなのだが、腹の出たボスの兄と取り巻き達は、そうは思わないらしい。


 自分がボスになると宣言すれば良いだけのことに感じるが、ボス兄はじめ、ご老人達の興味は葬儀に移っていた。


「で、弟にはいつ会えるのかね?」


 上下真っ赤な衣装を着せれば、息子はプレゼントを期待して、さぞ喜ぶだろうなぁなどと、関係のないことを考えていると、隣のアッシュに肘でつつかれた。


「え、ええっと…… 」


 私が答えるの⁈ と、目で訴えてもアッシュは手を前で組んで、お行儀良くしている。


 あなた達のボスは道に捨てて来ましたとは言えない。


 この野郎〜と、横目でにらみながら答えた。


「恐らく警察の安置所だろうと……」


 道端に転がる死体とギャングの抗争がすぐに結びついていればの話だが、保証はない。


 まだ、警察から連絡がないところをみると、身元不明の遺体のままなのかもしれない。


「おお! 可哀想な我が弟を連れ戻さなければ!」


 大袈裟な仕草に、まだ道端に転がっていたらどうしようと不安が走る。


「アッシュ、遺体を引き取りに行くんだ」


 ソファーに座ったままで比較的若めの、しかし、腹は皆と同じくらい出ている男が言う。


「分かりました」


 アッシュは素直にうなずき、ミン・ジウの腕を引いて下がろうとした。


「待て。女は置いて行け」


 ボスの兄の命令にアッシュは一瞬、手を止める。


 しかし「はい」と、答え、(嘘でしょ〜)と、すがるような視線を送るミン・ジウを残してその場を立ち去った。


 腹の出た男達は値踏みするように薄汚れた女を見る。


「脅しても名前を吐かなかったそうだな」

「ふん、アッシュの脅しなど可愛いモノだよ。ワシらの時代は……」

「昔話はよしてくれ。アッシュにトラブルと呼べと言ったそうだが、我々もトラブルと呼んでいいかね?」


 ミン・ジウはうなずいた。


「トラブルか……不吉な名前だ」

「トーイを助けてくれたんだ。礼を言うべきだ」 

「外国人かい。生まれはどこかね?」

「お嬢さん、歳はいくつだい?」

「女性に年齢を聞くもんじゃないよー」


 口々に言いたいことを言う男達は、寄り合いの老人といったところだ。


 ボスがいないからなのか、トーイ派やアッシュ派の若者達よりも統率が取れていない。


(ボス派の中に、坊っちゃん派とアッシュ派はいるのかなぁ? ま、私には関係ないけど)


 お行儀よく立ち、仕方がなく老人の会話に耳を傾けていると、ボスの兄が甥っ子の傷はどうなんだと、聞いてくる。


 甥っ子? あ、トーイの事かと、縫合ほうごうして今は落ち着いていると説明をした。


「縫合? 君は医者なのかね?」

「いいえ」

「では、なぜ、そんな真似が出来る?」

「射撃もできるとアッシュが言っていたぞ」

「ワシも知ってるぞ!」

「今しがた皆で聞いた話じゃないか」

「そうじゃった」

「少し、そっちにつめてくれ。狭くてかなわん」

「太り過ぎじゃ」

「太っとらん!」

「医者に言われておったじゃろ」

「それは血圧じゃ!」


 この話、聞いていなくてはなりませんか? と、顔に出ていたらしい。


 ボスの兄は、我々が怖くはないのかと、眉を上げた。


 はい、まったく怖くありませんと言い切りたいところだが、息子の元に帰らせてもらいたいので、得意ではない愛想笑いで誤魔化した。


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