第15話 ブラの中にはナニがある?


 約束どおり、アッシュは仲間の男達と、ヤブ医者を救急センターの入口に放置した。


「よし、出せ」

「待って下さい」


 ミン・ジウは車を出そうとするアッシュを止めた。きちんと病院の職員に発見されるまで見届けると言う。


「バカか。こちらの姿を目撃されるぞ」

「発見が遅れれば、再び保護しなくては死んでしまう。助ける約束ですよ」

「そんな約束したか⁈ 入口に捨てるだけだろ⁈」

「助けるという意味だと取りました」

「お前なー……」


 組織のNo.2 を張るアッシュは少なからず人を見る目があった。正体不明のこの女は、よほどの弱みを握らない限り、大人しくは従わない。


 ミン・ジウもアッシュの立場を理解していた。部下の前では、おいそれと誰かに従うわけには行くまい。


 ニットワンピースの上から胸元に手を突っ込んで、ブラジャーの中から銃弾1発とコカイン1袋を取り出す。


 それを指でつまんでアッシュに差し出した。


「どちらが欲しいですか? これで無事に病院内に運ばれるまで待ってくれますか?」

「なっ! いつの間に!」

「見張りの訓練が必要ですね」


 クソッと悪態をくと、バックミラーの中が騒がしくなり、救急センターの入口で寝転がるヤブ医者の周りに白衣の人だかりが出来ていた。


 あっという間にヤブ医者はストレッチャーで運び込まれて行く。


 ミン・ジウはホッと胸を撫で下ろした。


 アッシュは手を差し出す。


「これで満足か? それは両方よこせ」

「ダメです」

「ダメ⁈ 」

「次の交渉に使います」


 銃弾とコカインを胸元に戻し、服の上からブラジャーの位置をくいくいっと直す。


「バカかっ! 裸にひん剥いてやるぞ!」

「あなたは、そんな野暮なマネはしません」


 不敵な笑みを浮かべる女に、赤くなる顔を隠すように大声を出す。


「手の内を見せておいて交渉に使えるか!」

「交渉相手はあなただけではありませんよ」

「なんだと⁈ 誰と……」


 アッシュの頭にトーイ派の男達が思い浮かぶ。


「やはり、あいつらにコカインを集めさせたのか……」

「ご想像にお任せします。さ、車を出して下さい。アジトに向かいましょう」


 アッシュ派の運転手は「はい」と、良い返事をして車を走らせた。


(素直に従ってんじゃねーよ!)


 アッシュは殴りたい衝動を抑えながら後部座席に深く体を埋める。






 アジトと聞いて穴蔵のような家を勝手に想像していたが、白い漆喰の壁と飾りタイルの温かい家庭的な雰囲気の家だった。


 広い庭にはプールを取り囲むように何棟か建物が立っている。大勢で家族のように暮らしていると見て取れた。


 トーイを抱えた男達に続いて正面の玄関から家に入る。


 高い天井を見上げながらアッシュについて行くと、アッシュの姿を見つけた年配の男性達が口々に昨夜の出来事を聞きたがった。


「トラブル、あんたはトーイを見て来てくれ」


 アッシュに言われ、ミン・ジウは年配の男達の視線を感じながら、アッシュ派の男に2階の部屋に案内される。


 金髪の男がドアの前に立っていたので、トーイの部屋はすぐに分かった。


 金髪の男はミン・ジウだけを部屋に通す。


 ボスの息子の部屋にしては狭いと感じたが、それもそのはずで、恐らくトーイ派の全員が集まっていた。


 ずっとトーイに付き添い、ガーゼで止血を手伝ってくれた男が道を開けろと言う。


 男臭さを我慢してベッドにたどり着くと、“坊っちゃん”ことトーイは、意識を取り戻していた。


 歩いたのだろう。ガーゼに血が滲んでいる。


「よお……巻き込んじまって悪かったな」

「いいえ」


 いつでも逃げられたとは、言わないでおく。


「ケガ人を見捨てられない性分なんで。歩きましたね?」

「ああ、歩けた」


 そういう意味ではないのだが、褒めてもらい時の息子と同じ顔をするので褒めておくことにする。


「いい子です。でも、ほら、血がまた出てしまっています。トイレ以外は歩かないように」

「はー…… お、おう。分かった」


(今、『はい』って返事をしようとした! うちの息子と一緒じゃん!)


 思わず我が家の5歳児と重なり、ふふっと笑みがこぼれる。


「なんだよ」

「なんでもありませんよ。今は痛み止めが効いていますが診療所から持って来た薬は限りがあります。早く治れば余計な痛みに苦しまなくて済む。その為には……」


 ミン・ジウはベッドを取り囲む男達に目をやる。


「トーイが早く治るように、皆が協力しなくてはなりません」

「俺達は何をすればいいんだ?」

「トーイの傷が開かないように食事をここに運んで下さい。栄養のある消化に良いものがいいですね」


 男達は、そんな事は簡単だとうなずき合う。


「俺、ボーボー(お粥)は得意だ!」

「ご飯は作れないけど食べさせてあげる」

「子供じゃねーだろ!」

「うちのママが、病気の時は食べさせてもらうものだって」

「じゃあ、僕、体を拭くよ! 熱が出てんだろ?」

「僕も手伝う!」


 ママ? 僕? と、幼い言い回しに驚いて男達をよく見ると、若いと思っていた金髪集団の半数は少年のようだった。


(坊っちゃんを迎えに来た男達が年長者なのか)


 彼等は群れのリーダーとしてだけではなく、友人としてトーイを心から心配していた。


 なんとなく息子の父親、ジョンの所属するアイドルグループを彷彿ほうふつとさせる。


 メンバーの1人、ノエルが骨折をした時は全員でフォローし合っていたものだ。


 ほっこりしてしまう雰囲気を彼等に感じていると、階下から怒号が聞こえて来た。


 ミン・ジウはドアを見ながらトーイに聞く。


「今の声は?」

親父おやじ達だ。またアッシュとやり合ってる」

「ボスが死んだって本当なのかな?」


 不安な顔を見せる部下達にトーイは毅然きぜんとして言った。


「本当だ。ボスは撃たれて死んだ。俺が次のボスだ」


 ざわつく金髪の男達のその顔は嬉しそうだった。


 ミン・ジウはトーイ派とアッシュ派、そして彼等のボスに仕えていた親父おやじと呼ばれる集団の存在を知った。


(嫌な予感がする……)


 トーイの部屋から出ないでおこうと決心した、その時、アッシュがドアの外の見張りを押し退け、ノックもせずに強引にドアを開けた。


「女、親父おやじ達が話を聞きたいそうだ」


 いや、面倒臭い〜と、顔に出してみるが見事に無視されて連れ出された。



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