第14話 悪魔に見える


 アッシュにとってヤブ医者の命など、どうでも良かった。


 それよりもトーイを助けたい。しかし、ボスを失った今、組織の立て直しの為には資金が必要だった。


 なにより、ヤブ医者を見捨てたと広まれば、恩を仇で返したなどと地元の信頼を失うだろう。


 女に主導権を握られるのは気に入らないが、組織全体の為にプライドを捨てた。


「分かった。ヤブ医者を病院に運ばせる」

「アッシュ! なんでだよ⁈ 」

「武器を揃えるのに金が必要だ。ヤブは病院の前に捨ててこればいい。それで、いいな?」


 ミン・ジウはそれで満足だとうなずいた。


「で? コカインはあるんだろうな」


 金髪の男の1人が、集めた薬の袋を持ってミン・ジウに渡した。


「な!」


 アッシュは目を疑う。


(坊っちゃんがヤブ医者を助けろと命令したのか⁈ なぜ、俺ではなく女に……いや、坊っちゃんは、まだ気を失っているはずだ。この女が坊っちゃんに代わって取り巻きをコントロールし始めたのか?)


 アッシュは恐ろしいものを見る目で女を見る。


 ミン・ジウは、もう一押し必要だと感じた。


「少ないですか? そうですね、もう少しあると思ったのですが……」


 あいつら、どれだけ着服したんだと、首をかきながら辺りを見回す。


「私の経験上、ヤバい物は身に付けて隠したがるものですが……」


 そう言ってヤブ医者の靴を脱がせる。やはり、中敷の下に何包か隠されていた。


 そのすべての白い粉をアッシュに手渡す。


「これで足りますか? 病院の前に捨てて来るだけなら充分な報酬だと思いますが?」


 確かにその通りだった。これだけあれば部下への面目めんもくも立つ。


「しかし、節操せっそうなく手に入る医療用麻薬を乱用していたようですね。散剤に錠剤、シロップまでありますよ」


 鼻で笑う女が悪魔に見える。


 “トラブル” というあだ名は伊達だてではないのかもしれない。


 坊っちゃんの為にアジトに連れて行くしかないが、見張りを付ける必要を感じた。


 部下の1人に耳打ちをする。


「女から目を離すな。おかしな行動をしたら俺に報告しろ」

「あの女はいったい誰なんです?」

「分からん。脅しても名前を言わなかった」

「携帯を調べますか?」


 なぜ、はじめにそれを思い付かなかったと悔まれる。


「そうだな。頼む」


 女を部下に任せてトーイの様子を見に行く。


 坊っちゃんは相変わらず赤い顔で、しかし呼吸は楽になっているようだった。


「坊っちゃんの傷はどうだったんだ?」

「あの女が縫い合わせてくれました。痛み止めも効いているようです」

「そうか……お前ら、女の指示でコカインを集めたのか?」

「え、あ、いや……それがなんですか?」

「いや、何でもない。あの女には気を付けろ。おかしな行動を取っていたら報告するんだ」

「……トーイに報告します」

「ああ……それで構わない。とにかく気を付けろ」


 立ち去るアッシュを見ながら、金髪の男達は「気を付けるのはあんただ」と、うなずき合う。


 院長室では、ミン・ジウが椅子に座らされ、うんざりとしていた。


「アッシュ、こいつ携帯も身元の分かるものも何も持っていません」

「なに⁈ 昨日はスマホのライトを使っていたぞ⁈ 」


 だからーと、ミン・ジウはアッシュを見上げる。


「落として来たと言っているでしょう」

「落とした⁈ 」


 どこかで聞いた話だと呆れる。


「そんな嘘を……いつ、どこで落としたんだ?」

「分かりませんよ。動物病院の薬品庫なのか、寝ていた手術室なのか、ここまでの道中なのか」

「そのバッグを見せろ」

「どうぞ」


 アッシュは、女がずっと肩に掛けて離さない黄色いバッグが気になっていた。


 バッグはビニール製の安物だった。


 女に似つかわしくないプラスチックのチャックを開けると、信じられないモノが目に飛び込んで来た。


「こ、こ、これは……」


 思わずバッグを投げ捨てて腰から銃を取り出す。


 動物病院の薬品庫で、一度、女にバラされた銃の、たまが入っているはずの弾倉をのぞくと、そこは空っぽだった。


 下を見ると床に落ちた安物のバッグから、5発の銃弾がコロコロと転がり出ている。


「い、いつの間に……」


 アッシュは腰が抜けそうになる。そんなヒマはなかったはずだと、考えた。


 いや、あった。2度目に薬品庫に入った時、自分は言われるがままに包帯やガーゼを探していた。


 ミン・ジウは音も立てずに弾倉から銃弾を抜き取っていたのだ。


(俺はからの銃を持っていたのか……)


 だまされた怒りと空の銃で脅していた恥ずかしさで顔面を紅潮させるアッシュに、ミン・ジウは涼しい顔でフォローを入れる。


「まあ、重さで気が付く人は、なかなかいませんからね」

「ずっと隠し持っていたのか……」


 俺をバカにしながらと、怒りの目を向ける。


「すみません。仕方がなかったもので」


 肩を上げ、まったく謝罪の気持ちがこもっていない言葉をしれっと言い放つ女をにらみ付ける。


「アッシュ、このたまが、どうしたんだ?」


 部下の1人がビニールバッグと5発の銃弾を拾い上げた。身元の分かる物を探していた男達は、その弾丸を気にもとめていなかった。


「い、いや、なんでもない」


 まさか女に銃を奪われ、たまを抜かれていたとは男の沽券こけんにかかわる。


 アッシュは部下から奪うようにバッグを取り、銃弾をズボンのポケットにねじ込んだ。


 ミン・ジウは自然な仕草でそのバッグを受け取り、肩に掛け直す。


「その安物、そんなに大事なのか?」


 ええ、息子に泣かれるのでとは、口が裂けても言えない。


「借りた物なので」


 アッシュの目を見ながら、短い髪を耳に掛け直す。


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