第8話 問題と書いてトラブルと読みます
「薬は見つかったか?」
「すべて期限切れです。先程の薬品庫を見て来ます」
男は当然のように付いて来る。
「ところで、お前の名前は?」
「好きに呼んで下さい」
「はあ?」
「ギャングに名前を明かすバカはいませんよ」
「俺が怖くないのか⁈」
「そりゃあ、群れになっているギャングは怖いですよ……」
でも……と、スーツの男にチラリと視線をやる。
「1匹なら怖くありません」
「い、1匹だと⁈ このアマ、誰に向かって……」
その言葉を遮るように、ミン・ジウはくるりと振り向いた。
「
「お、おお…… 」
「では、行きましょう」
すっかり毒気を抜かれてNo.2 は大人しくミン・ジウに付いて薬品庫に入る。
ここを照らせ、これを持ってろと、言われるままに従った。
「やはり期限切れですが、まあ許容範囲内の薬でしのぎましょう」
「おう。お、カゴがある。これで運ぼう」
「ありがとうございます。気が利きますね」
「お、おお…… 」
言われ慣れない言葉に戸惑いながら、謎の女の指示で包帯やガーゼを見つけてはカゴに放り込んで行く。
ミン・ジウは悩んでいた。
不慣れなクメール語を読みながら痛み止めや化膿止めを見つけたが、どれもが期限切れなだけでなく動物用の薬だった。
(うーん、期限切れ。効果がどれほど出るか未知数だな。犬用なのは、ま、いいか。問題は量が分からないー。えーと、人間でこの薬だとー…… )
スーツの男を見つめる。
「No.2 は、体重は何キロですか?」
「は? 68キロくらいだが?」
「坊っちゃんの方が重いですよね」
「ああ、たぶん」
「んー……ま、いいか」
「なんだ、何か問題が?」
「いいえ。戻りましょう」
まだ意識を取り戻さない坊っちゃんを懐中電灯で照らす。
口を開けさせクンクンと臭いを嗅いだ。
「何をしている? 問題か?」
「いえ、薬をやっていないか確認を」
「やっていたら、なんだ? 問題があるのか?」
ミン・ジウは、フフッと鼻で笑う。
「なんだ」
「いえ “問題” を繰り返すので」
「は? それが、問題か?」
「いいえ」
そういえば数年前まで『トラブル』と、呼ばれていたと懐かしさが込み上げる。しかし、今は治療に集中しなくては。
坊っちゃんの腕を期限切れのアルコール綿で消毒し、これまた期限切れの生理食塩水の中に期限切れの抗生剤を混ぜ、期限切れの針で点滴を始めた。
傷口を期限切れの消毒薬で洗い、期限切れの皮膚接着テープで縫合の代わりを行う。
期限切れの……とにかく、すべて期限切れの動物用医療品で応急処置を済ませた。
「本当は……」
「なんだ」
銃弾の傷は火傷も伴っており、焼けた組織を切り取らなくては皮膚は上手く再生しない。
「夜が明けたら人間の病院に連れて行かなくてはなりません」
「まずはボスの家族に報告しなければ。襲撃グループを特定して……」
くだらない。思わず口に出しそうになるが飲み込む。しかし、顔と態度に出てしまっていた。
「お前は、誰なんだ⁈ 普通なら銃を突き付けられたら男だってビビるだろ。どこの組織の者だ⁈」
「ごく普通の一般人です」
「あの射撃の腕前が普通なわけないだろ! 医学の知識といい、どこの回し者だ。俺達に近づいた目的はなんだ⁈ 」
「トラブル……」
「なに?」
「トラブルと呼んで下さい。古い友人はそう呼びます」
「トラブル?」
「はい。あ、No.2 、坊っちゃんの意識が戻りましたね」
失った血液の代わりにはならないが、それでも点滴のおかげで血圧が上がったのだろう。
坊っちゃんは暗闇を確認するように、薄っすらと目を開けていた。頭を上げ、苦痛な表情で顔をしかめる。
「坊っちゃん! 分かりますか⁈ 」
「その、呼び方、やめろ」
坊っちゃんはかすれた声で言う。
「すみません。ボスが……」
「
「守れませんでした」
「バ、バカ、やろう」
「すみません!」
「違う、謝る、な」
「すみません」
懐中電灯に照らされて、坊っちゃんからミン・ジウは見えていなかった。
坊っちゃんはゆっくりと目を閉じる。
「坊っちゃん! 坊っちゃん!」
すがるNo.2 を、ミン・ジウは止めた。
「静かに。寝ただけです」
「そ、そうか……」
鼻をすするNo.2 の肩をポンと叩く。
「No.2 、私達も寝ておきましょう」
その前にと、No.2 に腕を見せろと言う。
「いや、たいした傷じゃない」
「それは私が判断します」
問答無用で質の良い上着を脱がせ、腕の被弾した傷を見る。確かに坊っちゃんに比べればたいしたケガではないが、充分に治療対象だった。
消毒して化膿止めの軟膏を塗る。ガーゼをあてて手早く包帯で固定をした。
その鮮やかな手付きに思わず
「よし。これで一安心です」
ミン・ジウの言葉に我にかえったNo.2 は、頭を振ってその感情を追い払った。
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