第7話 犬1匹で閉店ガラガラ


「そこを入れ」


 頭に銃を向けられたまま、壊れたフェンスの隙間を通って建物のかげに停車させる。


 真っ暗なその場所は、廃病院らしい寒々とした景色を見せていた。


「坊っちゃん、しっかりして下さい」


 男1人と女の力では、気を失い脱力する坊っちゃんを運び込むのは困難だった。


「ストレッチャーを探して来ます」


 ミン・ジウがそう言うと、スーツの男は「逃げる気だろう」と、言って付いて来る。


 かつての自動ドアを手でこじ開け、スマートフォンの明かりをたよりに病院に入ると、ふと、違和感を覚えた。


 待合室には小さなゲージが散乱している。動物のポスターが貼られ、診察室には高い位置に小さな診察台があるだけだった。


 手術台も子供が寝られる大きさ程度しかない。


「ここは…… 動物病院⁈」

「そうだ」


 スーツの男は肩をすくめて見せる。


「動物病院でどうやって治療をしろと⁈」

「それを考えろ」

「今すぐ、人間の病院に運びます!」

「ダメだ。ここで朝を待つ」

「死にますよ⁈ 」

「お前もな」

「だぁー!」


 ミン・ジウは、大きな声で叫びながらウロウロと院内を歩き出した。スーツの男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、しかし、銃は構えたまま付いて行く。


「本当、バカばっかり! なんでこんなことに巻き込まれたんだろ! 夜遊びなんてするんじゃなかった! あそこでずっと伏せていれば良かったのに、私はバカだー! カンボジアに来なければ良かったのか⁈ なんでカンボジアを選んじゃったんだろ⁈ もー、人生最大の選択ミスだー!」


 頭を抱えながら叫び続け、それでも薬品庫の隅に台車を見つけた。


「ほら、No.2、これ持って! 坊っちゃんを運びますよ! 」

「お、おう」


 畳まれた台車をNo.2に押し付ける。


 男が思わず素直に台車を受け取ると、あっさりと銃を奪われた。


「あっ」と、思う間に、ミン・ジウは鮮やかな手付きで弾倉だんそうを外し、薬品棚にバンっと置く。


「はい。これで坊っちゃんに集中出来ます」

「お、お前、いったい何者なんだ⁈」

「それは後で。行きますよ」


 足早に車に戻る女の後を追う。


 後部座席で、坊っちゃんは白目をいていた。


「坊っちゃん!」

「気を失っているだけです。ほら、そっちを持って」


 ミン・ジウは乱暴に坊っちゃんの足を持つ。


 2人がかりで何度も坊っちゃんを落としそうになりながら、なんとか院内に運び込んだ。


 手術室に待合室の長椅子を運び込み、坊っちゃんを寝かせる。シャツを開き、創部そうぶを露出させた。


(なんだ、止血してるじゃん)


 坊っちゃんの脇を覗き込むと、銃弾が貫通していると確認できた。


 スーツの男は心配顔を向けてくる。その顔に、案外若いのかもと感じた。


「弾は貫通しています。多少の筋肉組織の裂傷はありますが、内臓に損傷はないですし、まあ、感染さえ起こさなければ死にはしないでしょう」

「かんせん?」

「細菌感染など ……バイ菌です。バイ菌が入らないように処置しておきます」

「何をするんだ?」

「まずは創部を洗浄します」

「そうぶ?」

「あー……」


 素人は黙って見てろと言いたいが、また銃を突き付けられても鬱陶うっとうしいので、言葉を飲み込む。


「傷口を清潔な水で洗い、薬を塗ってガーゼを当てます。体にバイ菌が周らないように抗生剤 ……注射をします」


(さてと……)


 再び、スマートフォンの明かりをたよりに、埃っぽい手術室の棚を開けていく。本格的なオペをしていたらしく一通りの医薬品は揃っているが、困ったことにそのすべての使用期限が切れていた。


(当たり前か。それにしても、これだけの設備を残して廃業とはなぜだろう。売れば少しは足しになるのに。……あ、バッテリーが切れそうだ)


 ミン・ジウがスマートフォンの明かりを消すと、スーツの男が懐中電灯を持って現れた。


 車から持って来たのかと思ったが、肩に寝袋をぶら下げている。


 男はミン・ジウの疑問に答えた。


「ここは、俺達が隠れ家にしている場所だ。ここの院長はボスの犬を死なせて……まあ、譲ってくれたってわけだ」


 犬1匹の為にこれだけの病院を失う事になるとは。


 その院長に同情しつつ、やはりギャングなんかとは関わらない方が身のためだと肝に命じる。


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