第6話 死体の使い道


 助手席に弾切れの22口径を投げ捨て、ハンドルを操作しながら割れたバックミラーでスーツの男を見るが、男は首を横に振った。


「無理だ。銃がない」

「ない? さっき拾えと……」

「拾ったさ! でも、坊っちゃんを抱えた時に……落とした」

「落とした⁈ 銃撃戦の最中に銃を落とした⁈ 本当に⁈ 落とした⁈ 」

「落としたんだよ! 何度も言わすな!」


 呆れて天を仰ぐが、背後に追う車が現れ、それどころではなくなる。


 ミン・ジウはアクセルを踏み込んで大きな声で行き先を聞いた。


「どこに行けば良いのですか⁈ 」

「川向こうのロシアマーケットだ! 分かるか?」

「分かります!」

「そこを超えた公園の反対側に病院がある!」


 追尾車は、さすがに街中で銃をぶっ放しては来ないが、一緒に引き連れて病院に行くわけにはいかない。


 本当、面倒臭いと短くため息をいて、のんびり走るトゥクトゥクを追い抜き、左にハンドルを切った。


「おい! 右だぞ! おい! 聞いてんのか! おい!」


 後部座席がうるさいなぁと、返事をしない。すると、頭の後ろでカチッと安全装置が解除された音がした。

 

 ミン・ジウは前を向いたまま、さらにアクセルを踏み込んでスピードを上げる。


 男は、名も知らぬ女の後頭部に銃口を突きつけ、低い声で言う。


「戻れ。元の道に戻るんだ。さもなければ……」


 ミン・ジウは、フッと鼻で笑った。


「さもなければ、なんですか? あなたは運転手を撃つバカなのですか? 新しい死体が3つ増えるだけですよ」

「お前……何者なんだ⁈」

「銃は落としたと言ってませんでしたか?」

「これはボスの銃だ」

「では、後ろの車のタイヤを撃って下さいよ」


 チラリとバックミラーで後ろを確認して狭い路地に入るが、追っ手はピタリと付いて来ていた。


 男は繰り返す。


「病院に行くんだ。元の道に戻れ」

「案外バカなのですね」

「なに⁈ 」

「信号無視をすれば警察に捕まり、渋滞にはまれば後ろの車に捕まります。どうしますか?」


 ミン・ジウは普段オートバイで通勤しているので抜け道に詳しかった。


 この国に来た当時、良く言えば自由に、悪く言えば無秩序に走り回る車とオートバイと自転車とトゥクトゥクに辟易へきえきとして、あらゆる時間帯の空いているルートを模索しまくっていた。


 なので、スーツの男をバカにしながらも迷いなくハンドルを切り続ける。


 男は、謎の女が遠まわりになっても停車しなくて済む道を選んで進んでいると、やっと気が付いた。


 今度は違う意味で銃口を向ける。


「何者だ。なぜ、あそこにいた」

「それよりも後ろの車をどうにかして下さいよ。このまま病院まで連れて行くのはマズいですよね?」


 男は振り向いて車を確認する。ピタリと張り付くように追尾する車は、まるで獲物が疲れ切るのを待つハンターのようだった。


「クソッ。俺の腕では狙えない」


 その『腕』の意味が、ケガをしているからと言いたいのか、銃の腕前のことなのか分からないが、どちらにしろお手上げだという意味らしい。


 ミン・ジウは舌打ちをした。


 ひび割れてはいるがサイドミラーを見ながら後続車を撃つ自信はある。しかし、弾数が限られるなか、このスピードを維持したまま確実にタイヤを撃ち抜く自信はない。


 運転を代わってもらったとしても住宅街で銃声がすれば通報されてしまうだろう。


 敵の車もそれが分かっているから撃って来ないのだ。


 ボディーは弾丸の穴だらけでフロントガラスは粉々、しかも眠っているとは到底見えない血塗れの白髪頭しらがあたまが鎮座している。

  

 こんな特徴的な車は手配されればすぐに捕まってしまう。


 韓国とカンボジアは犯罪者引渡し条約があったかなぁと、悠長なことを考えていると、スーツの男がボスの向こう側のドアを開けた。


 ミン・ジウは男が何をするつもりなのか、すぐにさっした。


 男がやろうとしている行為を効果的にする為、さらにスピードを上げ、十字路に差し掛かるとキュルキュルとタイヤを鳴らしてドリフトをする。


 そのタイミングでスーツの男は遠心力に逆らいながらボスの遺体を車から投げ落とした。


 追尾車は、あり得ないスピードで突然ドリフトした車と転げ落ちて来た死体に度肝を抜かれたに違いない。


 死んでいるのだからそのままけばよいものを、避けようとしてハンドルを切り損ね、夜の住宅街に派手な音を響かせながら横転して止まった。


「やったな!」


 スーツの男はハイタッチでもしそうな笑顔でミン・ジウの後頭部を見る。


 バックミラーの中の遠ざかる車を見ながら、ミン・ジウは上を向いて大笑いをした。


「ボスを捨てましたねー」

「まあ、あの巨体が役に立ったという事で」


 スーツの男は広くなった車内で座り直す。

 

 真っ白な顔の坊っちゃんに声をかけるが反応はなかった。


 ミン・ジウは少しスピードを落とす。


「生きていますか?」

「ああ、脈は弱いが生きている」

「……病院に着いても助かるか分かりませんよ」

「その時は、お前にも死んでもらう」


 銃口を再びミン・ジウの後頭部にあてる。


(ああ、本当に面倒臭い…… )


 ハンドルを抱え、眉をハの字にして大きなため息をく。

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