第9話 サムライ美学


 2人は床に寝袋をクルクルと広げ、坊っちゃんを挟むように並んで横になった。


 ミン・ジウは寝袋の上でブーツを脱ぎ捨て、うーんと、伸びをする。


 緊張していたつもりはないが、関節という関節がポキポキと音を立てて伸展した。


 ふと、空腹を感じる。


「あー、No.2 。寝袋があるなら食べ物とか飲み物はないのですか?」

「本当、おかしな女だな。この状況で腹が減ったのか?」

「それとこれとは別です」

「ったく。待ってろ」


 No.2 は廊下に出て行った。しばらくして段ボール箱を持って戻って来る。


 中には、エゲツない色をしたジュースやスナック菓子が乱雑に突っ込まれていた。


 ミン・ジウは遠慮なく箱をさぐる。


「うーん、非常食としては落第点ですね」

「うるさい。食わなくたっていいんだぞ」

「食べますけどねー」


 チョコレートくらい入れておいてよと思いながら、オレンジジュースと書いてあるわりには妙に色の薄いのペットボトルを開ける。


 生温なまぬるく甘いだけの微炭酸は、口の水分をすべて奪おうとした。


(マズ……こんな物ばかり飲んでいるから銃をぶっ放したくなるんだよ)


 ミン・ジウのしかめた顔を見て、No.2 はスナック菓子を口に入れながら聞いた。


「あんた外国人だよな? どこから来たんだ?」

「ギャングに身元を明かすマネはしません」

「ただの世間話だろ。日本人か? 中国?」


 ミン・ジウは、じろりとNo.2 をにらむ。


「その銃を薬品庫に戻して来てくれたら教えますよ」

「なに⁈ 」


 No.2 は、腰に隠した銃に手をやる。


「なぜ、分かった……?」

「簡単なかけ算ですよ。あなたの歩幅と歩数で距離が出ます。部屋を出て右へ行ったのに、戻る時は、ここを通り過ぎて歩幅を小さくして歩いていた。音を立てていないつもりだったのでしょうが革靴は響きますからね。その距離にある部屋は薬品庫。目的はそれを取る為としか考えられません」

「ハッ! ますます何者か知りたくなった」

「教えません」

「これでもか?」


 No.2 は銃を向ける。


 ミン・ジウは、口にふくんだクソが付くほど不味いジュースを飲み込み、不敵な笑みを浮かべた。


「どうぞ撃って下さい。坊っちゃんの応急処置もしましたし、もう私に用はないでしょう。どうぞ」


 寝袋にゴロンと横になる。


「寝袋が死体袋になりますかね? 防水って内側にもされているのかなぁ」

「防水?」

「死体処理って聞いた事はありませんか? エンゼルケアとも言いますが、すべての穴という穴から体液が流れ出て来るんですよ。隠れ家が使い物にならなくなっては困るでしょ?」

「何者か答えろ」

「嫌です」

「撃つぞ」

「どうぞと言っているでしょう」

「このアマ……」


 No.2 の指に力が入る。しかし、引き金は引かれない。


 ジッと、銃口を見据みすえていたミン・ジウは、目の力を抜く。そして、優しい口調で語り掛けた。


「人を撃ったことがないのですね? 撃ち合いは平気でも相手の目を見て撃つのは勇気のいることですしね」

「な! なめるなよ!」

「なめてはいません。どんな形であれ、人の死を見届けるのは辛いモノです」


 ミン・ジウは看護師時代に看取みとった患者達を思い出す。1人1人の死に顔を覚えていた。特に最後に看取みとった恩人の顔はあまりにも安らかで、無神論者の自分でさえも天国に召されたと信じてしまいそうだった。


 穏やかな微笑みを浮かべて遠い目をする正体不明の女を見て、No.2 は殺しておいた方が良いのか、そうではないのか判断が付かなくなった。


 黙っているとミン・ジウは腕を伸ばして銃口を下げさせる。


 No.2 は、大人しく腕を下ろした。


 女は目を細める。


「いい子です」

「いい子⁈ 」

「あ、聞きたいことが。なぜ、坊っちゃんを助けるのですか? 坊っちゃんが死ねば組織はあなたのモノになるのではありませんか? No.2 なんですよね?」

「そ、それは……お前には関係ない」

「まあ、そうですね。ギャングに興味を持つのは止めておきます」


 ミン・ジウは眠る坊っちゃんの額を触り、熱が出ていないか確認する。点滴がなくなったと確認して針を抜いた。


 No.2 は、針穴を押さえて止血する女を見下ろしながら、どこかで会った顔だと感じた。


 そして、懐中電灯の明かりに浮かび上がる白い肌に、なぜだか頬が紅潮する。


 明かりは坊っちゃんと女を照らし、暗闇は赤い顔を隠してくれているばすだが、腕で顔を隠して銃をズボンにしまった。


 止血を終わらせたミン・ジウはゴロンと横になる。


 自分の寝袋に戻るNo.2 を横目で見ながら、胸を撫で下ろした。


 今まで幾度となく男の好色な視線にさらされ苦労して来たミン・ジウは、実はNo.2 の視線にも気が付いていた。


 慣れないスカートを押さえもせずにひざまずいて包帯を巻いていた。ビリビリに破けた黒いストッキングはよこしまな何かを連想させたはずだ。


 そして、銃。


 武器を持っているだけで相手より強くなったと人は錯覚をする。そして、何でも思い通りになると思い込み、安易に欲望を叶える為に行動を起こすものだ。


 しかし、No.2 は銃をしまい寝床に戻った。


 彼の美学なのか、単に純情なのか。


 ギャングのNo.2 をる男が女を知らないはずはないと思うが、ライバルであるはずの坊っちゃんを守ろうと命を掛けるところを見ると、彼なりに人生の美学があり、サムライにも似たそれは下半身の快楽に流されない自制心の強い男とも言える。


(スーツもセンスが良い品だしね……)


 嫌いなタイプの人間ではないと思う。しかし、ギャングはギャングだ。


 坊っちゃんが回復しても解放される保証はない。


 自分の唯一の弱点、スーパーアイドルの隠し子である息子の存在をさとられないように。


 その為には正体不明の女として死んでも構わないと決心をする。


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