第11話 トーイとアッシュ
「あんた……あんたは、信用、出来る。俺は、病院は、信じない。あんたが、俺を、治せ」
額に汗をかいて絞り出された声を、No.2 は新しいボスからの命令と受け取った。
女に銃口を向ける。
「聞こえたか。治療を続けろ」
「はぁ⁈ 出来るわけがないでしょ⁈」
ミン・ジウは、ほんの少しトイレの手伝いをしただけで信用するという坊ちゃんと、その坊ちゃんに忠実なNo.2にブチ切れた。
「薬がないの! 全部、中途半端な期限切れで、しかも犬用なの! 人間の病院に行かないと助かるものも助からないの! どこまでバカなの⁈ 」
「……助からない可能性もあるのか?」
「ある! 高熱が出ている。でも震えている。口の周りが青いのは酸素が行き渡っていない証拠。これは
「手遅れに……」
だから、そう言っているだろうバカと、顔が語ってしまう。しかし、No.2 は何やら思案し始めた。
そして、ひとりごとのように
「……ヤブ医者の
「ヤブ医者?」
聞き返すミン・ジウにNo.2は顔を上げる。
「俺達がそう呼んでいるだけだが昔はまともな医者だったらしい」
「その方は今も現役なのですか?」
「ああ、小さな診療所をやってはいるが客がいる所を見た事がない」
「患者さんね」
「いや、
「えっとー、一般の患者は来ない診療所って事ですか?」
「時々、俺達の仲間が風邪やケガを治して
「機能してるんじゃん! 昨日の夜、そこに行けば良かったのに!」
「いや……そのヤブ医者、
ミン・ジウは言葉を失う。
まともな医師が見れば銃で出来た傷だとすぐに気付かれてしまう。そして通報される可能性がある。
しかし、自身が薬物中毒の医師なら?
決して表沙汰にはしないだろう。
過去に事情を抱えるミン・ジウにとっても、都合の良い医者だと思い直した。
キッと顔を上げる。
「医者はいりません。私が治療します。その診療所に行きましょう」
念の為にと使えそうなガーゼや包帯をカゴに詰め込んだ。
しばらくすると車が数台、建物の前で停まった音がした。
「仲間だ。確認するからここで待ってろ」
No.2 は、そう言って警戒しながら外に出て行った。
坊っちゃんの止まらない汗を拭きながら緊張して待つ。
ドカドカと足音を鳴らしてNo.2 は数名の男を引き連れて来た。皆、若い。10代の子供もまじっているようだった。
「トーイ! 大丈夫か!」
「アッシュ、何があった⁈」
「話は後だ。坊っちゃんがまずい事になっている。ヤブ医者の所に運ぶ」
(ふーん、坊っちゃんの名前はトーイでNo.2 はアッシュか)
トーイの
「こいつは?」
「アッシュ、ヤブ医者よりマトモな病院に連れて行った方が」
「いや、この女が治療にあたる」
「見ない顔だな」
「誰なんだ?」
「話は後だ! 坊っちゃんを運ぶぞ!」
No.2 のアッシュに怒鳴られ、男達はあたふたと意識を失っているトーイの手足を持った。
声を掛け合いながら担ぎ上げ、手術室を出る。
アッシュは再び銃口を向けた。
「逃げようと思うなよ。顔は皆に知られた。裏切れば一生、組織に追われる事になるぞ」
「逃げる気なら、あなたがイビキをかいている時に、とっくに逃げていますよ」
黄色のビニールバッグを床から拾って肩に掛ける。
「さ、行きますよ。アッシュ」
ミン・ジウはからかう口調で先に部屋を出た。
「な! おい! 待てよ!」
アッシュは慌てて後を追う。
足早に歩きながらミン・ジウは後ろに声をかけた。
「アッシュって英語名ですよね? 本名は何ですか?」
「……教えてやらん」
「仕返しのつもりですか?」
「そっちこそトラブルの本名はなんなんだよ」
「教えません」
「クソ女め」
「あ、そう呼ばれていたこともあります」
「はあ⁈ あんた最低だな」
「そうみたいです。自覚はないのですがねー」
「自覚があったらクソ女とは呼ばれないだろ」
「まあ、そうですよね」
アハハーと、笑いながら建物から出て来た女に仲間の男達は顔を見合わせる。
トーイを後部座席に寝かせた車には、乗るスペースがなかった。
「おい、こっちだ」
アッシュはもう1台の車のドアを押さえてミン・ジウを呼んだ。
どうもと、乗り込むとアッシュはドアを閉めて反対側へ回り、隣に乗り込む。
アッシュと似たようなスーツの男が運転席で待っていた。
ミン・ジウは振り返り、トーイの乗る車の運転手を見る。そして、なるほどと、深く座り直して足を組んだ。
トーイの車には金髪の男達。アッシュの車にはスーツの男達。
(坊っちゃん派とNo.2派ですか……)
面倒臭い派閥争いには巻き込まれないに限る。
ブルっと身震いするミン・ジウは、この時、まだ、自分が組織の運命を握る重要人物になるとは思ってもいなかった。
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