第32話 どうも、お久しぶりです。


「ジョン、ダメじゃーん。代表の邪魔をしない約束で連れて来てもらってんだからさー」


 ミン・ジウの息子の父親・ジョンが所属するアイドルグループの1人、ノエルがその柔らかい髪をかき上げて笑っていた。


「ジョン、席に戻って下さい。まったくジョンにワインは早過ぎましたね」


 そのグループのリーダー・ゼノは、ため息をく。


 ゼノは、最年少のジョンを末っ子として甘やかし過ぎたと常日頃から反省していた。


「だって、人のお肉って美味しいんだもん」

「ほら、ジョン。僕が巻いてあげるからさー」


 美少年から美しすぎる青年へ変貌をげたと評判のテオが、サンチュに薬味を乗せてクルクルと肉巻きを作る。


「はい。あーんして」

「あーん!」


 酔っているジョンは、テオの指ごとパクリとしゃぶりつく。


「ジョン、汚いよー!」


 ジョンの口から指を引き抜いたテオの肘が、作詞作曲の天才・セスに当たった。


「危ねっ」

「あ、セス、ごめーん。こぼしちゃった?」


 アイドルとは思えないほど無愛想なセスは、こぼれ落ちた日本酒を拭き取る。そして、自分で回すワイングラスに目を回し始めたジョンに一喝した。


「豚! おすわり!」


 しかし、そんなことは言われ慣れているジョンは、負けじと言い返す。


「豚はおすわりなんかしないんだもんねー!」

「豚は認めるんだな」

「うがー!」


 ああ、また始まったと、リーダーのゼノは頭を抱える。


 しかし、一見さんお断りの店に連れて来てもらった以上、代表に迷惑も恥もかかせるわけにはいかない。


 ゼノは低い声で、少し、ドスを効かせて言った。


「ジョン。いい加減にしなさい。ここは隠れ家ではないのですよ」


 これには、ジョンは「はーい」と返事をして神妙な顔で大人しくならざるを得ない。


 隠れ家とは、かつてミン・ジウがテオと付き合っていた頃に住んでいた家だった。


 ミン・ジウがテオと別れ、家を手離し、その家をテオが買い取ってから、皆の隠れ家としてなにかと使っていた。


 アイドルとしてはベテランの彼らは、共同の宿舎を後輩に譲り、それぞれが独立した新居を構えていた。


 幼馴染のテオとノエルは、同じマンションの隣同士に部屋を購入し、ノエルの彼女が来ない日は、どちらかの部屋で夜を過ごしていた。


 リーダーのゼノは、郊外の高台に一軒家を構え、セスは市内のこじんまりとした土地に、ヘアメイクの恋人と設計からたずさわって家を建てた。


 カンボジアに息子がいるジョンは、始めは実家に帰ったが、やはり仕事が不規則で両親に迷惑をかけると、ゼノの家に転がり込み、そのうちゼノに恋人ができると追い出され、あきめて会社近くのマンションで一人暮らしを始めていた。


 しかし、食事はセスの家で、洗濯はゼノの家で、ゲームはテオかノエルの家でと、結局、いつも誰かの家に転がり込んでいた。


「ボクちん、さびしがりやなの〜」


 それが末っ子ジョンの言い分だが、だったら息子と暮らせば⁈ とは、誰も言わないし言えない。


「あ、そうだ。代表に聞かなくちゃって思ってたことがあったんだった。ねえ、代表ー!」


 ジョンの大声に、カウンターの代表はゆっくりと振り向く。


 その顔はあきらかに迷惑だと語っているが、店員の視線がこれ以上、冷たくならないように、手に持つワイングラスを割ってしまいそうなくらい握りしめて平静を装った。


「なんだ」

「昨日からトラブルと連絡がとれないんだけど、何か知らない?」


 目上の者に対しての敬語を教えようとした時期もあったが、すでにあきめていた。


 代表はブスッと不機嫌に言い返す。


「いつもの気紛きまぐれだろ」

「そっか。何かあったら代表のところに連絡が来るんだよね?」

「……あ、ああ」

「んじゃ。大丈夫か」


 向き直るジョンに胸を撫で下ろしつつ、ベビーシッターと自分が通じていると、すっかりバレているのはなぜだろうと首を傾げる。


 そして、人の気も知らないでと思いながら、高級ワインをグビッと飲み干した。


 その時、ポケットの中のスマートフォンがうなり、海外からの着信を知らせた。


 噂をすれば、カンボジアのベビーシッターからだった。


 代表は待ってましたと、声をひそめて報告を受ける。が、その内容に思わず声を荒げてしまう。


「なに⁈ お前、指文字が読めないのか⁈」


 店員の視線が一斉に注がれる。


『申し訳ありません。現場に理解できる者がおりません』

「あー……ちょっと待て」


 代表は、こちらを注目する5人に背を向けて、トイレに立って行った。


 ノエルはジョンに「トラブルと連絡が取れないのっていつから?」と、興味津々で聞く。


「んーと、一昨日。友達とクラブに行くから明日の夜はチビのおやすみなさいのテレビ通話はなしってラインが来てー……で、それっきり」

「トラブルが夜遊び⁈」

「うん。友達に泣き付かれちゃったんだって。英語が分からない友達だから付き添うんだって」

「ふーん。子供を置いて夜遊びねー……」


 ノエルはチラリとセスを見る。


「ねえ、セス。今の代表、すごく慌てていたよね? セスには、なぜだか分かる?」


 エンパスの力を持つセスは、他者と共感する力が強く、なんでもお見通しだった。しかし、良い部分だけを共感するわけではないので、あまり、その力を使わないようにセーブしていた。


 なので当然、断る。


「知るか」

「もー。じゃあさ、代表の電話の内容だけでものぞいて来てよ」

「疲れることをやらせるな。お前がやれ」


 ノエルもまた、エンパスだった。しかし、セスのそれよりは、断然、弱く、流れ出て来た感情をキャッチするのみだった。


「僕には無理だって知ってて言うんだから」


 意地悪っと、ノエルは口を尖らせる。


 ふいに、セスが席を立った。


「セス! やってくれるの⁈」

「バカか。便所だ。便所」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、トイレに向かった。






「拡大するからちょっと待て」


 代表はトイレの鏡の前でカンボジアから送られて来た画像を見ていた。


 画像は粗く、しかも揺れている。


「えーと……」

「 “殺すな” と、言っている。それにしても、ひどい服だな」

「ああ、そうだな……って、おい!」


 背後から音もなく代表のスマートフォンをのぞいたセスが指文字を読み取った。


 いまさら隠しても遅いと、代表はため息をいて、電話の相手にその内容を伝える。


「そうだ。殺すなと、言っている。ああ⁈ 本人がそう言っているのだから本人の指示に従えよ。どういうつもりかなんて、知るかっ! いいか、あいつに危険が及んだら威嚇しろ。それまでは待機だ。……それは、あいつがヘリオグラフを理解しないから……」


 チラリと背後に立つセスを見る。


「ジジイ共はどうした……よし、よくやった。時間を稼げ。これからは、あいつの指示に従え」


 通話を切り、背後に向き直る。


「盗み聞きとは……」

「皆殺しにするつもりだったのか?」

「ふん……あいつらには言うなよ」

「クソ女が拉致られて命の危険が迫っていることをか?」

「お前……年々、性格が悪くなってないか?」

「子供は? 無事なのか?」

「ああ、巻き込まれてはいない」


 セスは「そうか」と、胸を撫で下ろす。

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