第33話 JKにレイプとは言えないよねー


 傷の手当を済ませたスレイポウは、昨夜の抗争の延長で銃弾が撃ち込まれたと思っていた。


 キッチンでグスグスと鼻を鳴らしながら、ミン・ジウが淹れた砂糖たっぷりの紅茶に口をつける。


「もう、心配はいりませんよ。ここにいれば安全ですから」


 スレイポウはカップを降ろし、優しく声を掛けるミン・ジウを見た。そして、目を伏せる。


「そんなこと分かってるわよ。アッシュがやっつけてくれるんでしょ?」

「やっつけ……? まあ、そうですね。解決してくれます」

「いつも、家のゴタゴタはアッシュがどうにかしてくれるの。お兄ちゃんがケンカして来た時も、私がいじめられてた時も……パパとママのケンカも止めてくれたわ。いつも、アッシュが……」

「頼りになるのですね」

「うん……だから、遠くに行って欲しくないの」

「はい?」

「アッシュがモテるって知ってるわ。カッコいいし、頭もいいもんね。彼女がいたことも知ってる。でも、それは皆んな、地元の人だったから……あのね、アッシュに遠くに行って欲しくないの」


 ミン・ジウは半ベソの女子高生が何を言いたいのか理解できなかった。


「スレイポウ? それは、どういう……?」

「隠さないでよ。さっき、抱き合ってたじゃん。あんたも好きなんでしょ? アッシュのこと」


 たいした傷でもないのに泣き止まない理由はそれかと理解した。


 好きどころか、殴られてレイプされかかっていたとは、未成年でしかも恋するJKに言えるはずがない。


 まだ痛む腹をさすりながら、アッシュの為ではないと自分に言い聞かせ、フォローを入れる。


「それは誤解です。えー……アッシュは狙撃された私を助けるために、あのような姿……配置というか……状況になりました」

「え! それ本当?」

「はい、本当です。私はアッシュにそのような感情はもっていません」

「ええ⁈ あんなにカッコいいのに⁈」


 力が抜け、なんなのクソガキと顔に出てしまう。


 スレイポウは口を尖らせる。


「なによ。カッコいいじゃない」

「はいはい、そうですね。カッコいいですね」

「やっぱり狙ってるのね!」


 怒るよ! と、ゲンコツを振り上げる。


 スレイポウはアハハーと、子供らしい無邪気な笑い声を上げた。


「あー、良かった。アッシュが私の部屋に来たり、一緒にビデオ見るなんてなかったから、あんたのこと、気になってんだろうなぁって思ってたんだー」

「そうでしたか」


(まあ、ある意味、気にはなっているでしょうけどね……)


 さて、この後、どう説得して家に返してもらおうか考えていると、スレイポウが冷凍庫から嬉しい物を持ち出した。


「ア、ア、アイス!」

「うん、私の。隠しておいたんだ〜。あいつら勝手に食べちゃうからさ。ほら、手当てしてくれたお礼。どっちがいい?」

「チョコ!」

「はい、どうぞ」

「ありがと〜」


 手のひらサイズのカップアイスに、歳の離れた女子2人が甘くとろける時間に浸っている時、リビングではアッシュが男達に詰め寄られていた。


「アッシュ、説明して下さい。リックを撃った連中と同じ奴らですか?」

「昨日の奴らか!」

「アッシュ。アジトが狙われるほどの理由は?」

「なあ、武装しようぜ! 乗り込んで来る可能性もあるだろ⁈」

「銃は足りるのか⁈」

「アッシュ! どうしたのですか!」


 男達の矢継ぎ早な質問に、いまだ説明できるほどの情報を得ていないアッシュは青ざめた顔で頭を振る。


(トラブルに聞くしかない……クソ、この俺が女の手中にいるということか……)


 答えられないアッシュに、アッシュ派の側近中の側近が膝を寄せて耳打ちした。


「自分に女を尋問させて下さい」


 アッシュは、はっと顔を上げる。


「あの女……素人ではありません。お気づきかもしれませんが、廊下も階段の登り降りも壁に背を向けて行動しています。あれは、訓練された者の動きです。バスルームを調べましたが、あの狙撃がどこから放たれたのか分かりませんでした。直線距離で2キロ以上ある場所からしか……しかし、現実的ではありません」


 アッシュは、この側近が元・軍人だったと思い出した。ケガをして退役し、道端でホームレス生活をしていたが、生きる気力も体力も失い、死にかけていたところを拾った変わりダネだった。


 そのためか、他の連中よりもアッシュへの忠誠心が強い。


 しかし、手荒なことが好きな困った一面もあった。


「あの女に銃は効かないぞ」

「なめられているだけです。自分なら……」


 俺がなめられているのかとアッシュは一瞥いちべつする。


「も、申し訳ありません! しかし……」

「分かった。好きにしろ。どこの誰だか聞き出せ」


 でも……と、声を低くする。


「スレイポウには気付かれるな」

「ハッ」


 軍隊式の敬礼をして、その手を質の良い上着に忍ばせる。脇のホルダーに収まる拳銃に手をやり、笑い声のするキッチンに向かった。


 訓練された者ならば「おい」と、声を掛けるだけで、この手の意味を理解し、スレイポウの側を離れるだろうと算段する。


(尋問場所は……ガレージだな)


 そう決めてキッチンの入り口に立ち、中をうかがい見た。


 すると、すぐ横で花台に置かれた花瓶が音を立てて割れた。


(な⁈ え? 撃たれた⁈)


 狙撃されたと理解するまで時間が掛かった。


 咄嗟に姿勢を低くして辺りを見回す。


「おい、親父のお気に入りだぞ。気をつけろよ」


 脇に手を入れたまま辺りを警戒するアッシュの側近に眉をひそめながら、トーイがキッチンに入った。


 トーイは妹のケガを気に掛けながら、アイスをひと口よこせと笑う。


「今の音……」


 ミン・ジウは振り返っていた。トーイは仲間の1人が花瓶を倒したと言う。


(倒した? ライフルが撃ち込まれたような……?)


 立ち上がり、キッチンからリビングをのぞく。


 そこには姿勢を低くするスーツの男の足元に、粉々になった花瓶の破片が散乱していた。


 ミン・ジウは眉毛を上げて男に聞く。


「もしかして、撃たれました?」


 アッシュの側近は脇に手を入れたまま、顔を上げた。


「あ、ああ……」


 それだけ答えるのが精一杯だった。

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