第4話 坊ちゃんとスーツの男
銃を片手に立ち上がろうと片膝を立てると、友人が涙でぐしゃぐしゃになった顔を向けた。
「ジウ⁈ どこに行くの⁈」
「あそこで撃っている男を制圧して来ます」
「制圧って、何をするの⁈」
「動きを止めます」
「そ、それで殺すの⁈」
友人は銃を指す。
「殺しませんよ。待っていて下さい」
「バカなこと言わないでよ! 行かないでよ! 死んじゃうわよー!」
「大丈夫です。ハイヒールを脱いでおいて下さい。銃声が聞こえなくなったら走って逃げて下さいね」
「無理! 絶対に無理!」
すがる友人に微笑みを向ける。
「射撃は得意なんです。……では、あの男の動きを止めたら戻って来ますね」
「なんで……なんで楽しそうなの?」
「え、楽しそうですか?」
「うん。笑顔が怖い」
そういえば、なぜだか気分が
ガチャッと装填しながらタイミングを見て立ち上がった。
路地の壁に当たった流れ弾が小さな火花を散らす中、ミン・ジウは裏通りに向かい姿勢を低くして素早く走る。
クラブの
(こんなに人が。無差別か⁈ )
乾いた断続的な音とバババッと連続した音、そして、重く腹に響く音がしている。
(3種類の銃。マシンガンを撃っているヤツもいるのか…… 銃撃戦になっている)
逃げ惑う人の波に乗り、路駐車のかげに隠れる。そっと顔を出すと、路地に向かい撃ちまくる男の姿を
(少し、遠いか? これ以上は近づけないな。ここから狙うしか…… )
汗ばんだ手に持つ22口径では
(いい加減にしなさい。動かないでねー…… )
引き金の指に力を入れる瞬間、ミン・ジウは奇妙な動きを目撃した。
今まさに撃とうとする相手の銃が火を噴きながら、こちらに向かって動いている。
(え? 何を狙っているの? 私⁈ )
真っ直ぐ正面に銃口が見え、慌てて引き金を引く。
反動で腕が上がる。その時、その腕の下に潜り込むように金髪の男が倒れ込んで来た。
支えきれずに金髪の男を胸にかかえるようにアスファルトにひっくり返るが、その前に、車のかげから撃ちまくっていた男の肩から血が飛び散るのを確認した。
(銃を狙ったつもりだったのに。ごめんねー)
お前のせいで狙いを外したと文句を言おうと、乗っかったまま動かない金髪男を押しのける。すると、金髪男は腹に被弾していた。
押さえる手から鮮血が流れ出ている。
(撃たれたのか……)
銃声が鳴り響く中、金髪男をなんとか車のかげに引きずると、銃弾の雨が強くなったと感じた。
(こいつか⁈ こいつが標的なんだ!)
(何を悪い事したのか知らないけど、さようなら〜)
友人の安全さえ確保できればそれでいい。
ミン・ジウは金髪男に銃を渡し「幸運を」と、笑顔を向け、頭を低くして路地に戻ろうとした。その時、さらに銃声がバラバラと強くなる。
頭と膝を抱え、金髪男の隣で耳をつんざく金属音と火花に耐えていると、黒い影が金髪男に覆い被さった。
「坊っちゃん! しっかりして下さい!」
そう言う、黒い影の男も腕に被弾している。
明らかに銃弾は2人を狙っており、ミン・ジウは頭を抱えたまま、その2人を観察した。
坊っちゃんと呼ばれた金髪男は、成金らしいきらびやかな時計やアクセサリーをジャラジャラと身に着けている。一方の黒い男は品の良い細身のスーツに革靴で、手には大口径のハンドガンを持っていた。
「坊っちゃん! 坊っちゃん!」
スーツの男は青ざめた金髪男を揺さぶる。
ミン・ジウはカンボジアでは病院のヘルパーとして働いているが、母国の韓国では優秀な看護師だった。
余計なことだとは知りつつ思わず声をかける。
「あまり揺すると出血が増えますよ」
スーツの男は、はたとミン・ジウを見た。
「ここに誰かいませんでしたか?」
「いいえ? 私だけです」
スーツの男は、撃ちまくっていた車のかげの男が倒れたので、ここまで辿り着くことができていた。しかし、この車から味方の誰かが援護してくれたと思っていたので、クラブの客らしい女1人しかおらず、眉間にシワを寄せる。
しかし、今は坊っちゃんの命を守ることが最優先だと、ハンドガンを構えて車の端から顔を出した。
その瞬間、バラバラと文字通り銃弾の雨が降り注ぐ。
なんとか応戦するがハンドガンはすぐに弾切れになった。
スーツの男はポケットを探る。しかし、弾倉は底を付いていた。
(弾切れですか……)
ミン・ジウは本当に余計なことと思いつつも口を出してしまった。
「その “坊っちゃん” の拳銃に2発残ってますよ」
ミン・ジウは体を小さくしたまま、金髪男の腹の上に乗る銃を顎で指す。
男はその銃に見覚えがあった。
「この銃は…… これの持ち主はどうしましたか?」
「あそこの路地で死んでいます」
「あなたが⁈ 」
「まさか!」
そう言い返して、ミン・ジウはスーツの男の視線を無視して退路を探す。しかし標的がここにいるのだから1歩も動く事はできなかった。
金髪男の顔はますます白くなって来ていた。
(もー、仕方がないなぁ)
ミン・ジウは金髪男のシャツの袖を引き裂き、丸めてグッと力を入れて腹に押し当てた。
金髪男は唸り声を上げて、その痛みを訴える。
「1時間以内に搬送しなければ失血死しますね」
その言葉に、スーツの男は驚いた顔を見せる。
「あなたは……治療が出来ますか?」
「いいえ、私は医師ではありません」
「でも、設備が整っていれば?」
「……止血と点滴くらいは出来ます」
「ここから、10ブロック先に今は使われていない病院があります。そこまで行けば止血して頂けますか?」
「その前に問題が山積みだと思うんですけど」
銃弾の雨はこちらの弾が尽きたと思ったのか、角度を変えて撃って来ていた。
もはや、大人3人が隠れているのは限界に近づいている。
ミン・ジウのストッキングは
(あーあー、高いの買ったのに。コンビニだけどさー)
ふと、隠れている背後の車のドアに手を掛けてみた。すると、ドアがロックされていない。
(お、エンジンさえ掛かれば逃げられるかも)
よいしょと体の向きを変え、車内を見てギョッとする。
後部座席に
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